オペラハウス。ハーバーブリッジ。美しい港。世界中の人々を惹きつけるオーストラリア最大級の都市、シドニー。観光都市として世界的に知られる一方、国際会議、展示会、企業イベントなどを誘致するMICE都市としても存在感を持っています。

しかし今回注目したいのは、「どれだけ大きなイベントを開催しているか」ではありません。シドニーのMICEを調べていくと、非常に興味深い考え方にたどり着きます。

それが、「イベントが終わったあと、街に何を残せるか」という発想です。

イベントは「開催して終わり」なのか?

例えば、3,000人が参加する国際会議を開催したとします。3,000人集まった。ホテルが埋まった。レストランが利用された。参加者アンケートも高評価だった。主催者としては「成功」と言えるでしょう。

しかしシドニーでは、さらにその先を考えます。イベントによって、地元のスタートアップと世界の企業がつながった。若い学生が世界的な研究者と出会った。地域のクリエイターに仕事が生まれた。先住民文化について世界の参加者が知った。余った食材が地域社会へ還元された。イベント終了後にも新しい交流が続いた。

つまり、イベントそのものの成功だけではなく、イベントが地域に残した価値まで考える。これが、シドニーから学びたいMICEの考え方です。

注目施設

International Convention Centre Sydney(ICC Sydney)

その考え方を象徴する施設が、ダーリングハーバーに位置する**International Convention Centre Sydney(ICC Sydney)**です。ICC Sydneyには約3万5,000㎡の展示スペースがあり、大型展示会から国際会議、企業イベントまで幅広く対応できます。

さらに約5,000㎡の屋外Event Deckや、多様な会議室、宴会スペースなども備えています。もちろん、施設としてのスペックも重要です。

しかしICC Sydneyを特徴づけているのは、「イベントと街をどうつなぐか」という発想です。

ICC Sydneyの「Legacy Program」

ICC Sydneyでは、イベント主催者向けにLegacy Programを提供しています。目的は非常に明確です。イベントを開催するだけではなく、イベント終了後もシドニーの社会・文化・知的資産へポジティブな影響を残すこと。

そのため、Legacy Programには5つのテーマが設定されています。

Environmental Sustainability

環境サステナビリティ

イベントによる環境負荷を減らし、より持続可能な運営を実現する。

First Nations

先住民文化

アボリジナルおよびトレス海峡諸島民の文化やビジネスとイベント参加者をつなぐ。

Inclusion and Belonging

インクルージョンと帰属意識

誰もが参加しやすく、歓迎されていると感じられるイベント環境をつくる。

Innovators and Entrepreneurs

イノベーター・起業家

イベント参加者とシドニーのスタートアップや起業家をつなぐ。

Creative Industries

クリエイティブ産業

地域のアーティストやクリエイターとイベントを結びつける。

つまりイベントを、会場の中だけで完結させない。これがICC SydneyのLegacy Programです。

例えば「スタートアップ×国際会議」

ここで考えてみましょう。例えばAIに関する国際会議がシドニーで開催されるとします。

世界中から、研究者、テクノロジー企業、投資家、経営者などが集まります。

通常なら、講演を聞く。展示を見る。ネットワーキングをする。そして帰国する。そこでイベントは終了です。

しかし、Legacyという考え方を取り入れると違います。地元のAIスタートアップをイベントへ招く。世界の投資家と交流してもらう。大学生をセッションへ招待する。地元企業と海外企業の交流機会をつくる。

すると、イベントが「地域産業と世界をつなぐ装置」になります。

シドニーがMICE都市として強い5つの理由

① 世界的な都市ブランド

シドニーという名前そのものが、イベント参加の動機になります。海外イベントでは、「どこで開催するか」が集客力を左右することがあります。

オペラハウスやハーバーブリッジなど、世界的なランドマークを持つことは大きな強みです。

② MICEと都市が近い

ICC Sydneyはダーリングハーバーに位置し、市内中心部からアクセスしやすい環境にあります。イベント終了後、レストランへ行く。街を歩く。観光する。別の参加者と交流する。

つまり、イベント体験と都市体験を分断しない。これもMICE都市として重要な要素です。

③ イベントを「地域産業」とつなぐ

Legacy Programでは、地元のイノベーターや起業家とイベント参加者をつなぐことも重視しています。これは単なる地域貢献ではありません。世界中から専門家が集まるイベントは、地域企業にとって世界と接点を持つ絶好の機会でもあります。

MICEを産業政策として考えるうえで重要な視点です。

④ サステナビリティを施設運営に組み込む

ICC Sydneyは環境負荷低減を施設運営の重要なテーマに位置づけています。施設には520kW規模の太陽光発電設備が設置され、ベース電力の一部を供給。また会議室ではペットボトル入りの水の使用をやめ、再利用可能な容器で水を提供するなど、廃棄物削減にも取り組んでいます。

さらに廃棄物については、埋立処分からの転換率75%を目標としています。つまり、サステナブルなイベントを主催者だけの努力にしない。施設側も仕組みを提供しています。

⑤ イベントの「成果」を会場の外まで広げる

そして最大の特徴がLegacyです。イベント成功のKPIを、参加人数。売上。満足度。だけで終わらせない。

例えば、地域企業との商談数。スタートアップとのマッチング。学生の参加人数。地域への寄付。食品ロス削減。文化交流。

こうしたものまでイベントの成果として考える。イベントの価値を「点」から「面」に広げる発想です。

ちょうど今日も、シドニーではイベントが開催中

この記事を公開する2026年9月24日も、ICC Sydneyではイベントが開催されています。

9月23〜24日にはホテル・宿泊業界向け展示会・カンファレンスNoVacancy Hotel & Accommodation Expo。そして今日24日から25日にかけては、医療機器規制に関わる専門家や行政、業界関係者が集まるRegConnect Summit 2026が開催されています。

MICE都市とは、年に数回、大規模イベントを開催する街ではありません。毎日のように異なる業界の人々が集まり、新しい交流が生まれている街。シドニーも、その一つです。

BizMICE Insight

日本の企業イベントにも「Legacy」というKPIを

今回のシドニーの考え方は、国際会議だけの話ではありません。日本の企業イベントにも、そのまま応用できます。例えば社内表彰式。従来のKPIなら、参加率。満足度。アンケート評価。などでしょう。

しかし、「イベント後に社員の行動がどう変わったか」まで追ったらどうでしょうか。社員総会なら、会社への理解度。部署を超えた交流。エンゲージメント。

採用イベントなら、応募率。企業理解度。社員との関係性。

展示会なら、名刺獲得数だけでなく、商談化率。受注。その後の顧客関係。

イベントには必ず、「イベント終了後に起こしたい変化」があるはずです。

「イベント成功」の定義を変える

これまでイベント運営では、当日を成功させることが非常に重要でした。もちろん、それはこれからも変わりません。

しかし今後は、

Before

イベントを成功させる

から、

After

イベントを使って「変化」を起こす

へ。

イベントの目的そのものが変わっていくのではないでしょうか。参加者に、知ってもらう。好きになってもらう。誰かとつながってもらう。行動してもらう。

そして、その変化がイベント終了後にも続く。そこまで設計できれば、イベントは単なる「一日」ではなく、企業や地域を変える装置になります。

日本のMICE都市に置き換えると?

例えば、

京都 × 国際会議 × 伝統産業なら、海外参加者と地域の職人をつなぐ。

福岡 × スタートアップイベントなら、海外投資家と地元スタートアップをつなぐ。

札幌 × 食の国際会議なら、海外バイヤーと北海道の生産者をつなぐ。

広島 × 平和関連国際会議なら、海外参加者と地域の教育・平和活動をつなぐ。

イベント終了後、「参加者が何人来たか」だけではなく、「そのイベントによって、その街に何が残ったか」。ここまで考えると、日本のMICEの価値はもっと大きくなるはずです。

Destination Watch Score

評価項目評価
国際競争力★★★★★
会場インフラ★★★★★
都市ブランド★★★★★
参加者体験★★★★★
地域との連携★★★★★
サステナビリティ★★★★★
日本が学べる度★★★★★

日本との比較

項目シドニー日本
イベント価値Legacyまで重視開催成果・経済効果等を重視
地域連携Legacy Programとして仕組み化イベント・都市により異なる
強み都市ブランド・産業・文化産業・研究・食・文化・地域資源
サステナビリティ施設運営とイベント双方で推進施設・主催者ごとに取り組み
今後のポイントLegacyのさらなる創出イベント後の「変化」の可視化

編集部コメント

ジュネーブが、「都市に集まる『知』をMICE競争力に変えた都市」だとすれば、シドニーは、「イベントが都市に残す価値までデザインする都市」と言えるかもしれません。

イベント業界では、「何人集まったか」「満足度は何%だったか」「いくら売上が上がったか」という数字に目が向きます。もちろん重要です。

しかし、本当のイベントの価値は、イベントが終わった翌日から現れるのかもしれません。

誰かと出会った。考え方が変わった。新しいプロジェクトが始まった。商品を買った。会社を好きになった。地域との関係が生まれた。イベントには、人を動かす力があります。

だからこそ、「当日をどう成功させるか」だけではなく、「イベント後にどんな変化を起こしたいか」から逆算してイベントを設計する。シドニーのLegacy Programは、これからのイベントづくりを考えるうえで、とても重要なヒントを与えてくれます。