国際会議へ参加する。朝、ホテルを出る。街を歩きながら会場へ向かう。途中のカフェで、昨日のセッションで隣に座っていた人と偶然出会う。

「昨日の話、面白かったですね」

そんな会話から、一緒にコーヒーを飲むことになる。そこへ別の参加者も加わる。気づけば、新しいビジネスの話が始まっている――。これもまた、MICEが生み出す価値です。ポルトガルの首都リスボンは、テージョ川、歴史的な街並み、坂道を走るトラム、石畳の路地などで知られる観光都市です。

しかしMICEの視点から見ると、もう一つ興味深い特徴があります。「会場の外でも、人と人がつながりやすい」ことです。今回はリスボンから、イベント会場だけではつくれない**「街の中のネットワーキング」**について考えてみます。

1. ネットワーキングは「交流会」だけで起きるのか?

MICEでは、ネットワーキングが重要です。そのため主催者は、ウェルカムレセプション。名刺交換会。交流ランチ。懇親会。マッチングシステム。など、さまざまな交流機会を用意します。

もちろん、それらは必要です。しかし、イベントで記憶に残る出会いは、必ずしも予定されたネットワーキングだけで起きるわけではありません。セッション終了後に一緒に歩く。ホテルのロビーで会う。近くのレストランで隣になる。帰り道で話をする。

こうした「予定されていない時間」から、人間関係が深まることがあります。リスボンの面白さは、街そのものが、その偶発的な交流を生み出す舞台になりやすいことです。

2. 空港から街まで「15分」という近さ

リスボンのMICE都市としての大きな強みの一つが、アクセスです。Lisboa Convention Bureauによると、リスボン空港から市内中心部までは約15分。

欧州の主要都市からはおおむね1〜3時間、北米からも5〜8時間圏にあり、欧州、米国、南米、アフリカなどへの直行便ネットワークがあります。MICEでは、この「移動の短さ」が意外に重要です。

例えば、空港から会場まで1時間。ホテルから展示場までバスで40分。となれば、参加者の時間は「移動」に使われます。

一方、移動時間が短ければ、街を楽しむ。人と会う。食事をする。サイドイベントへ参加する。といった時間を増やせます。つまり、移動時間を減らすことは、参加者の「交流時間」を増やすことでもあるのです。

3. 「巨大施設」と「街」が分断されていない

リスボンには、大型MICEに対応できるインフラもあります。代表的なのが**Lisbon Congress Centre(CCL)**です。テージョ川沿いのベレン地区に位置し、総面積約29,000㎡。5つのパビリオン、8つのオーディトリアム、34のミーティングルームを備えています。

さらに大規模な展示会では、FIL – Lisbon Exhibition and Congress Centreがあります。FILは総面積約100,000㎡を有するポルトガル最大の展示施設で、Web Summitなどの大型国際イベントも開催してきました。空港から約7分、鉄道・地下鉄のOriente駅から約200mというアクセスも特徴です。

つまりリスボンは、「コンパクトな街だから、小規模イベント向き」というわけではありません。大規模イベントを受け入れる施設を持ちながら、その周辺にホテル、飲食、公共交通、ウォーターフロントなどがある。

大型MICEと都市体験を共存させられる。ここがポイントです。

4. 「街を歩く時間」がイベントになる

リスボンでは、歴史地区の街歩きそのものが都市体験になります。石畳の路地。坂道。広場。カフェ。レストラン。テージョ川沿い。街のさまざまな場所に、人が滞在できる空間があります。

ここでMICEの視点から考えてみましょう。イベント会場では、参加者の行動はかなり決められています。受付する。セッションを聞く。展示を見る。決められた時間にランチを食べる。

一方、街へ出ると行動の自由度が上がります。「一緒にランチへ行きませんか?」「少し街を歩きませんか?」「この後、飲みに行きませんか?」こうした小さな誘いが生まれる。

つまり、街に「余白」があることで、参加者同士のコミュニケーションにも余白が生まれるのです。

5. 「偶然の出会い」を設計する

一見すると、「偶然」は設計できないように思えます。しかし、偶然が起きやすい環境は設計できます。例えばイベント参加者が、同じホテルに泊まる。同じ道を歩く。同じカフェを使う。同じエリアで食事をする。同じ公共交通を利用する。という状況になれば、自然と顔を合わせる回数が増えます。

心理学でいう「単純接触」のように、接触回数が増えることはコミュニケーションのきっかけにもなります。これは、広い都市に参加者が分散するイベントとは大きく違います。人を一つの会場に集めるだけではなく、イベント期間中の「行動範囲」をある程度重ねる。これもネットワーキング設計の一つなのです。

6. 大型イベントも「街全体」へ広がる

この考え方を象徴するのが、リスボンで開催される大型国際イベントです。例えば2026年のSBC Summitでは、FILとMEO Arenaを中心に約4万人が参加。150カ国以上から経営者、起業家、投資家、テクノロジー企業などが集まりました。

しかしイベントは展示会場だけで完結しません。オープニングパーティー、夜のネットワーキング、フード体験、関連イベントなどがリスボン市内へ展開されています。

これは非常に重要です。展示会場に4万人を閉じ込めるのではなく、「イベントを街へ開く」。そうすることで参加者は、開催都市そのものを体験します。同時に、レストラン、ホテル、文化施設など地域にも経済効果が広がります。

7. 「歩く」ことで会話の質が変わる

さらに、歩くこと自体にもイベント設計上の価値があります。会議室で向かい合って話すのと、街を一緒に歩きながら話すのでは、コミュニケーションの雰囲気が変わります。

例えば、「次のセッションまで少し時間がありますね」「コーヒーでも飲みませんか?」という10分、20分の時間。実はこうした時間に、商談。アイデア交換。転職相談。共同研究。次のイベントの企画。などが生まれることがあります。

イベントの価値は、プログラム表に書かれている時間だけではありません。「セッションとセッションの間」にも価値があります。リスボンのような都市は、その余白を街が受け止めてくれます。

8. リアルイベントだからこそ「偶然」に価値がある

オンラインイベントは非常に効率的です。目的のセッションを見る。必要な情報を得る。終了したら画面を閉じる。無駄がありません。

しかし、その「無駄のなさ」こそがリアルイベントとの違いでもあります。リアルイベントでは、たまたま隣に座る。廊下で知人に会う。紹介される。街で再会する。飲みに行く。そこから、新しい何かが始まる。

予定していなかったことが起こる。これはリアルイベントが持つ大きな価値です。そしてリスボンから学べるのは、その偶然を「会場の中」だけで考えなくてもいいということです。

日本が学ぶべき5つのポイント

① 「会場へのアクセス」ではなく「参加者の移動時間」を考える

空港からホテル。ホテルから会場。会場から懇親会。

すべての移動時間を短くすれば、その分だけ参加者が交流できる時間が増えます。

② ネットワーキングを会場の外へ広げる

交流会を増やすだけではなく、街歩き。レストラン。カフェ。文化施設。ウォーターフロント。などをネットワーキング空間として活用する。

街そのものを「交流会場」にする発想です。

③ 参加者の「行動範囲」を設計する

ホテルや飲食店を広範囲に分散させるのではなく、ある程度エリアをまとめる。そうすれば参加者同士が街中で再会する確率が高まります。

④ スケジュールに「余白」をつくる

朝から夜までセッションを詰め込まない。30分、1時間の空白をつくり、参加者が街へ出たり、人と話したりできる時間をつくる。

何も予定されていない時間も、イベントコンテンツです。

⑤ 「偶発的な出会い」をKPIとして考える

商談件数だけではなく、「新しい人と出会えたか」「予定外の有益な交流があったか」「イベント終了後もつながりが続いているか」といった指標を測る。

これからのリアルイベントでは、こうしたConnection(つながり)の質も重要な成果になるでしょう。

編集部より

リスボンから学べることは、巨大な展示場のつくり方でも、最新テクノロジーでもありません。もっとシンプルです。「人と人が出会いやすい街をつくること」。イベントでは、コンテンツを一生懸命考えます。

誰に登壇してもらうか。どんな演出をするか。どんなセッションをつくるか。もちろん、それらは重要です。

しかし参加者が数年後に覚えているのは、意外と、「あの講演のスライド」ではなく、「あそこで出会った人」かもしれません。

その人との出会いから、新しい仕事が始まる。共同研究が始まる。転職する。会社をつくる。人生が少し変わる。それこそ、リアルイベントに人が集まる大きな意味ではないでしょうか。だからイベントを設計するとき、「何を見せるか」だけではなく、「誰と誰が出会うか」まで考える。

そして、その出会いを会場の中だけに閉じ込めない。リスボンが教えてくれるのは、最高のネットワーキングスペースは、豪華な交流会場ではなく「街そのもの」なのかもしれないということです。