運河。歴史的な街並み。自転車。美術館。そして、世界中から観光客が集まる人気都市。

オランダ・アムステルダムは、長年「人を呼べる都市」として成功してきました。しかし今、この街が考えているのは、「もっと人を呼ぶにはどうすればいいか」ではありません。

むしろ、「どんな人に来てもらうべきか」「どんなイベントなら都市に価値を残せるか」という問いです。

Amsterdam Convention Bureauは現在、単に会議やイベントの開催件数を増やすのではなく、都市のイノベーションや社会課題の解決につながる国際会議を重視しています。2026年にはRAI Amsterdam、Beurs van Berlage、Postillion Hotel Amsterdamとの戦略的連携も更新し、「都市とつながり、より広い目標に貢献する会議」の誘致を進めています。

アムステルダムが目指すのは、「たくさん来てもらう都市」から、「来てもらうことで街が良くなる都市」へ。今回は、そのMICE戦略を見ていきます。

1. 「数を増やすこと」が成功とは限らない

MICEの世界では、これまで、

  • 開催件数
  • 来場者数
  • 宿泊数
  • 経済波及効果

などが重要なKPIとして使われてきました。もちろん、これらは今でも大切です。しかし、人気都市には別の課題があります。観光客が増えすぎれば、交通が混雑する。住宅や生活環境に負荷がかかる。地域住民との摩擦が生まれる。都市の魅力そのものが失われる。いわゆるオーバーツーリズムです。

だからこそアムステルダムは、「来訪者数を増やす」ことと「都市を良くする」ことを同じ意味にしないという考え方へ進んでいます。

amsterdam&partnersも、誘致対象について「都市に付加価値をもたらし、持続可能で包摂的な都市づくりに貢献する企業、人材、会議」を重視しています。ここが、従来のMICE誘致とは大きく異なる点です。

2. 「どんなイベントでも歓迎」ではない

アムステルダムの方針を一言で表すなら、「イベントの質を選ぶ」ということです。

Amsterdam Convention Bureauが重点を置く分野には、

  • Sustainability
  • Finance & Fintech
  • Creative Industries
  • Life Sciences & Health

などがあります。つまり、この都市が伸ばしたい産業。この都市が解決したい社会課題。この都市が持っている知識や人材。それらと親和性の高い国際会議を誘致する。「空いている会場を埋めるためにイベントを呼ぶ」のではなく、都市戦略に合うイベントを呼ぶという考え方です。

これはMICEを「集客産業」から「都市経営ツール」へ変える発想と言えるでしょう。

3. イベントを都市の課題解決につなげる

さらにアムステルダムは、2026年9月に**「Shape the City」**という新しいインパクトプログラムを発表しました。これは、ビジネスイベントと地域団体をつなぎ、参加者が都市の課題解決に直接関われる仕組みです。

テーマは、

  • Empowering Future Generations
  • Circular City in Action
  • Greening the City
  • Caring Communities

の4つ。例えば、若者支援。循環型社会。都市緑化。地域コミュニティ支援。といった活動を、イベントプログラムの中に組み込むことができます。

ここで重要なのは、「イベントで街を使う」のではなく、「イベントで街に返す」という考え方です。参加者が来る。宿泊する。消費する。それだけで終わらず、参加者自身が地域の未来づくりに関わる。

MICEと都市の関係を、かなり一歩進めたモデルです。

4. RAI Amsterdamも「捨てないイベント」へ

この考え方は、代表的なMICE施設であるRAI Amsterdamにも表れています。RAI Amsterdamでは2025年、イベントで余った食品、飲料、家具、植物などを地域の社会団体へ寄付するDonation Roomの取り組みを拡大しました。

実際に2025年には、数千kgの食品、数千リットルの飲料、数百㎡分の家具や資材が再利用されています。さらに、展示会ブースを使い捨てにせず、再利用可能なモジュール型へ移行するBetter Standsにも参加しています。

つまり、イベント終了後に大量の廃棄物が出る。装飾を壊す。食べ物を捨てる。ではなく、「イベントの後に何を残し、何を循環させられるか」まで設計しているのです。

5. サステナビリティを「PR」ではなく仕組みにする

アムステルダムは2025年、Global Destination Sustainability Indexで順位を20位上げ、世界Top40に入りました。

背景には、

  • 100%グリーン電力
  • 再利用可能なモジュール式ブース
  • サステナブルなサプライヤー選定
  • 食品廃棄削減
  • 地域社会との連携

など、具体的な取り組みがあります。つまり、「私たちはサステナブルです」と言うだけではなく、会場、電力、施工、食、廃棄、地域連携まで運営フローに組み込む。

ここまでやって初めて、都市の競争力になります。Vol.8で紹介したコペンハーゲンにも通じる考え方ですが、アムステルダムではさらに、「サステナブルかどうか」をイベントを選ぶ基準にもしているところが特徴です。

6. 「人気都市」だからこそ量を追わない

興味深いのは、アムステルダムがMICE需要のない都市ではないということです。

RAI Amsterdamだけでも2025年には280件以上のイベントを開催し、約150万人が来場しました。売上高も1億7,200万ユーロと好調です。つまり、「イベントが足りないから選別する」のではありません。

むしろ、すでに人気があるからこそ、次は“どんな需要を受け入れるか”を考える。この順番が重要です。大量集客を続ければ短期的な売上は伸びるかもしれません。

しかし、都市の混雑。環境負荷。住民の不満。ブランド価値の低下。といったコストも発生します。アムステルダムは、その先を見ています。

7. 「良いイベント」の定義を変える

では、アムステルダムにとって「良いイベント」とは何でしょうか。単純に来場者数が多いイベントではありません。例えば、

その都市の産業を伸ばす。

新しい知識が集まる。

地域企業とつながる。

社会課題の解決につながる。

サステナブルな運営ができる。

市民にも利益がある。

こうした価値を生み出せるイベントです。つまり、「どれだけ人を集めたか」ではなく、「集まった人たちによって何が生まれたか」を評価する。

これはVol.9のメルボルンで紹介した「レガシー型MICE」を、都市政策のレベルまで広げた考え方とも言えます。

日本が学ぶべき5つのポイント

① 「開催件数」だけをKPIにしない

イベント数や参加人数だけでなく、地域への還元。産業への波及。環境負荷。社会的インパクト。まで評価する。

KPIそのものを変える必要があります。

② 誘致したいイベントを明確にする

すべてのイベントを歓迎するのではなく、「この都市は何を伸ばしたいのか」を明確にする。

AI。半導体。ライフサイエンス。モビリティ。コンテンツ。環境技術。都市ごとに成長産業とMICEを結びつけられます。

③ 地域住民をMICEのステークホルダーにする

主催者と参加者だけで完結させない。地域の商店。学校。NPO。スタートアップ。住民。

こうした人たちにもメリットが生まれるイベントを設計することで、MICEへの理解と支持も高まります。

④ 「イベント後」を最初から設計する

廃棄物。余剰食品。展示物。装飾。イベント終了後に処分する前提ではなく、再利用・寄付・循環する前提で企画する。

日本でもすぐに取り入れられる考え方です。

⑤ 「呼ぶMICE」から「選ばれるMICE」へ

これまで日本のMICE政策では、「どうやって海外イベントを誘致するか」という視点が強かったかもしれません。

しかし次の段階では、「日本で開催する意味のあるイベントとは何か」を考える必要があります。数を追うだけでなく、価値を選ぶ。

アムステルダムは、その次のステージを示しています。

編集部より

これまでこの連載では、「世界の人をどう呼ぶか」という視点で、さまざまなMICE都市を見てきました。しかしアムステルダムは、少し違う問いを投げかけています。「本当に、もっと人を呼べば都市は豊かになるのか?」です。

イベントが増える。ホテルが埋まる。飲食店が賑わう。経済効果が生まれる。もちろん、それは重要です。

しかし一方で、街が混雑する。廃棄物が増える。住民の生活に負荷がかかる。開催地に何も残らない。そんなイベントであれば、本当に成功と言えるのでしょうか。これからのMICE都市に求められるのは、「人を集める力」だけではなく、「集まった人の力を都市の未来へ変える力」なのかもしれません。

日本もこれからMICEを成長産業として拡大していくなら、「何件イベントを増やすか」だけでなく、「どんなイベントを増やしたいのか」を考える必要があります。

アムステルダムが教えてくれるのは、MICEの成長とは、“量を増やすこと”だけではない。都市にとっての価値を高めることもまた、成長である。という新しい視点です。