Destination Watch Vol.12で取り上げるのは、スイス・ジュネーブです。国連機関。国際NGO。金融機関。大学・研究機関。そして世界最大級の素粒子物理学研究機関CERN。

ジュネーブには、世界規模の課題について議論する組織や専門家が集積しています。MICEの視点で見ると、これこそがジュネーブ最大の競争力です。2025年、Geneva Convention Bureauが獲得した将来開催予定の国際団体会議は43件。前年から39%増加しました。

これらの会議によって今後、約3万6,400人の参加者、11万1,900泊超の宿泊が見込まれています。宿泊数は前年に獲得した案件と比べて47%増です。

ジュネーブが世界から選ばれる理由は、大きなコンベンションセンターを持っているからだけではありません。「世界の専門家が、すでにそこにいる」。この都市固有の資産をMICEへ転換していることに、ジュネーブの強さがあります。

MICE戦略

「会場」ではなく「エコシステム」を売る

国際会議の開催地を選ぶとき、主催者が考えるのは会場だけではありません。その分野の専門家はいるか。研究機関はあるか。関連する国際機関はあるか。企業や政策決定者と接点を持てるか。イベント終了後に新しいネットワークやプロジェクトへ発展する可能性はあるか。

ジュネーブには、

UNIGE(ジュネーブ大学)
HUG(ジュネーブ大学病院)
CERN
国際機関
NGO
研究センター

などが集積しています。Geneva Convention Bureau自身も、こうした存在を国際会議誘致における「Genevaならではのエコシステム」として打ち出しています。

つまりジュネーブが売っているのは、「イベントを開催できる場所」ではありません。「世界の専門家とつながれる場所」なのです。

「国際都市」であること自体がMICE資産

ジュネーブには、国連欧州本部をはじめ、多くの国際機関やNGOが拠点を構えています。

そのため、国際保健、人道支援、科学、外交、環境、人権、テクノロジーなど、世界的な課題をテーマとする会議との親和性が非常に高い。例えば2026年7月には、国連の専門機関ITUが主催するAI for Good Global SummitがPalexpoで開催されました。

会場には1,000人を超える登壇者、300のワークショップ・セッション、200の出展者が集結。AIというテーマについて、企業だけでなく国際機関、政府、研究者などが議論する場となりました。ここがジュネーブらしいポイントです。

「AIイベントだからテック企業を集める」だけではない。

AIと社会課題。

AIと国際協力。

AIと政策。

こうした異なる領域をつなげられることが、ジュネーブならではの価値なのです。

注目施設

Palexpo

ジュネーブを代表する大型イベント施設が、ジュネーブ国際空港に隣接するPalexpoです。

施設には、

7つの柱のない展示ホール
約10万6,000㎡のスペース
29の会議室
会議室合計約5,000席

などがあり、展示会から国際会議、大規模イベントまで幅広く対応できます。さらに面白いのが、2026年がジュネーブにおける大型イベント運営の100周年にあたることです。

1926年にPlainpalaisでPalais des Expositionsが開業してから100年。現在のPalexpoへと受け継がれ、ジュネーブでは一世紀にわたってイベント開催のノウハウが蓄積されてきました。MICE施設は単なる「箱」ではありません。100年間蓄積された運営ノウハウも、都市のMICE資産なのです。

ジュネーブがMICE都市として強い5つの理由

① 世界の専門家が「すでにいる」

これはジュネーブ最大の強みでしょう。

国際会議を開催するとき、世界中から専門家をゼロから集める必要はありません。国際機関。大学。研究機関。NGO。企業。すでに多くの専門家がジュネーブに集まっています。

つまり、MICEのためにエコシステムをつくったのではなく、既存のエコシステムがMICEを生み出している。ここが非常に重要です。

② Geneva Convention Bureauが誘致から開催まで支援

Geneva Convention Bureauは、国際会議の主催者に対して幅広い支援を無料で提供しています。例えば、会議の開催可能性分析、誘致資料の作成、会場選定、ホテル客室の確保、料金交渉、視察、PCOの紹介、現地サプライヤーとの接続、サステナビリティ支援、プロモーション支援などです。

つまり「ジュネーブで開催してください」と営業するだけではありません。誘致後、実際に開催できるところまで伴走する。MICE誘致を考える日本の都市にとっても参考になる仕組みです。

③ 医療だけに依存せず、テーマを広げる

ジュネーブは従来、医学系国際会議に強い都市として知られてきました。しかしGeneva Convention Bureauは近年、医学以外の分野にも国際会議誘致を広げています。

2025年には国際団体との対話を深めるGeneva Association Daysもスタート。さらに国際団体向けに、リーダーシップ、ファンドレイジング、サステナビリティなどをテーマとした情報発信も強化しています。

つまりConvention Bureau自身が、「会場紹介会社」から「国際団体のパートナー」へ進化している。ここも注目したいポイントです。

④ 参加者が街を動きやすい

MICEでは意外に重要なのが「イベント開催中の移動」です。ホテルから会場へ。会場からレセプションへ。その後レストランへ。ジュネーブでは、対象となる宿泊施設の宿泊者にGeneva Transport Cardが提供され、滞在中は公共交通を無料で利用できます。

つまり参加者に、「どの電車のチケットを買えばいい?」「毎回交通費を精算しなければ」と考えさせない。小さなことに見えますが、参加者の摩擦を一つずつ減らすこともMICE都市のUX設計です。

⑤ サステナビリティを「主催者が実行できる形」にする

Geneva Convention Bureauは、Responsible Events Guideなどを通じ、イベント主催者が実際にサステナブルな運営を行うための情報提供を進めています。

さらにジュネーブ観光・コンベンション財団は2026年1月、持続可能性と企業責任に関する国際的なTourCert認証を取得しました。2026〜2030年のロードマップでも、観光・イベントが、地域、住民、来訪者、経済へ価値を生み出すことを重視しています。

つまり、「環境負荷を減らす」だけではなく、「都市にポジティブな価値を残す」。世界のMICE都市で共通して強まっている考え方です。

BizMICE Insight

日本も「都市にすでにあるもの」からMICEを考える

ジュネーブの事例から日本が学べる最大のポイントは、MICEのためにゼロから何かをつくる必要はないということではないでしょうか。重要なのは、「その街には、すでに何が集まっているのか」を考えることです。

例えば、

つくば × 科学・研究

神戸 × 医療・ライフサイエンス

豊田・名古屋 × モビリティ

京都 × 大学・文化・伝統産業

福岡 × スタートアップ

広島 × 平和・国際協力

札幌 × 食・農業・環境

日本にも、世界の専門家が集まる理由を持つ都市は数多くあります。そこで重要になるのが、

産業・研究機関

専門家・コミュニティ

国際会議

新しい交流・知識

共同研究・ビジネス

さらに国際会議が集まる

という循環です。MICEは、この循環を加速させる装置になり得ます。

「イベント誘致」から「コミュニティ誘致」へ

これからのMICE戦略では、「この国際会議を1回誘致できた」だけでは十分ではないかもしれません。そのイベントをきっかけに、研究者が街とつながる。企業がつながる。大学がつながる。行政がつながる。そして翌年も、その次の年も交流が続く。

つまり本当に誘致すべきものは、イベントそのものではなく、そのイベントの後ろに存在する「コミュニティ」なのかもしれません。ジュネーブには国際機関や研究機関を中心として、すでに多くの国際的なコミュニティが存在します。

だから会議が集まる。そして会議が集まることで、さらにコミュニティが強くなる。この循環こそ、ジュネーブのMICE競争力の本質ではないでしょうか。

Destination Watch Score

評価項目評価
国際会議★★★★★
国際機関との連携★★★★★
研究・学術との連携★★★★★
会場インフラ★★★★★
アクセス・参加者UX★★★★★
サステナビリティ★★★★★
日本が学べる度★★★★★

日本との比較

項目ジュネーブ日本
MICEの核国際機関・研究・科学産業・大学・研究・文化
誘致戦略エコシステムと国際会議を連携都市ごとに誘致を推進
Convention Bureau誘致〜開催まで伴走CVB等による支援
参加者UX公共交通等を含め都市で支援都市・イベントにより異なる
今後のポイント国際コミュニティとの関係深化地域産業・研究とMICEのさらなる連携

編集部コメント

プラハが、「都市の魅力をMICE競争力に変えた都市」だとすれば、ジュネーブは、「都市に集まる『知』をMICE競争力に変えた都市」と言えるでしょう。巨大なイベント施設をつくることはできます。ホテルを増やすこともできます。

しかし、「世界の専門家がその街へ集まる理由」をつくるには時間がかかります。だからこそ日本でも、MICE戦略を考えるときに、「どんな会場をつくるか」から始めるのではなく、「この街には、世界に通用する何があるのか」から考えてみる。

大学かもしれません。企業かもしれません。研究機関かもしれません。文化かもしれません。そして、その資産の周りに世界の人々が集まる「場」をつくる。

会場をつくってからイベントを探すのではなく、集まる理由からイベントをつくる。ジュネーブは、これからのMICE都市戦略を考えるうえで、その重要性を教えてくれる街です。