【世界のMICE都市に学ぶ Vol.11】ロンドン──なぜ「世界のビジネスが集まる都市」には、世界のイベントも集まるのか?
金融、テクノロジー、AI、ライフサイエンス、クリエイティブ、ファッション。世界のビジネスを語るとき、必ず名前が挙がる都市の一つがロンドンです。そして、この「産業が集積している」という強みは、MICEにも直結しています。
イベントを開催するために、世界中から専門家を呼んでくる。もちろん、それも一つの方法です。しかしロンドンには、すでに世界的な企業、投資家、研究者、起業家、クリエイターが集まっています。つまり、「イベントを開催するために人を集める」のではなく、「人が集まっている場所でイベントを開催する」。
この違いが、ロンドンのMICE競争力を考えるうえで非常に重要です。2026年、ロンドンはCventの「Top Meeting Destinations in Europe」で4年連続1位となりました。London Convention Bureauは、2026年だけで約8万人のイベント参加者を迎える見込みです。
なぜ世界のビジネスが集まる都市には、世界のイベントも集まるのでしょうか。今回はロンドンから、**「産業×MICE」**という都市戦略を考えます。
1. MICEの最大の資産は「会場」ではなく「人」
イベント開催都市を評価するとき、
会場の広さ。
ホテルの客室数。
空港からのアクセス。
といったインフラに目が向きがちです。しかし、ロンドンの強さを考えると、それだけではありません。
ロンドンには、
テクノロジー
金融・FinTech
ライフサイエンス
クリエイティブ産業
サステナビリティ
など、世界的な産業エコシステムが存在しています。London & Partnersも、これらをロンドンの主要な成長分野として位置付けています。例えばテクノロジー。
2026年1〜5月だけでロンドンのテック企業への投資額は126億ドルに達し、欧州の都市ではトップ。AI、FinTech、量子技術、Climate Tech、Life Sciences、Media Techなどの企業、人材、資本、研究機関が集積しています。
ここでカンファレンスを開催すれば、
登壇者がいる。
スポンサー候補がいる。
投資家がいる。
スタートアップがいる。
参加企業がいる。
メディアもいる。
つまり、イベントを成立させるために必要なプレイヤーが、すでに都市の中に存在しているのです。
2. 「産業」と「イベント」が相互に成長する
ロンドンでは、産業とイベントが別々に存在しているわけではありません。例えばLondon Tech Week。世界中からテクノロジー企業、スタートアップ、投資家、経営者などが集まり、ロンドンのテック産業そのものを世界へ発信する場となっています。
さらに2026年には、London Life Sciences WeekとJefferies Global Healthcare Conferenceが連携。100以上の関連イベントを通じて、起業家、投資家、研究者、政策担当者、グローバル企業などをロンドンに集める仕組みが構築されています。
これは単なる「イベント誘致」とは少し違います。産業があるからイベントが集まる。そして、イベントが集まることで、さらに人・企業・投資が集まる。この循環です。
産業集積 → イベント開催 → 世界の人材・資本が集まる → 新しいビジネスが生まれる → 産業がさらに成長する
MICEが都市の産業政策そのものに組み込まれているとも言えるでしょう。
3. 世界企業が「欧州イベントの開催地」に選ぶ
この構造は企業イベントでも表れています。Excel Londonによると、同施設のコンベンション・コングレス事業の60%を米国系組織が占めるまでになりました。
Amazon、Microsoft、Google、Salesforce、Gartnerなどの企業が、欧州における主要イベントの開催地としてロンドンを選んでいます。なぜでしょうか。
ロンドンでイベントを開催すれば、英国市場だけではなく、
欧州企業。
グローバル企業。
投資家。
メディア。
専門人材。
などへアクセスできます。つまり企業にとってロンドンは、「イベントを開催する都市」ではなく、「世界のビジネスコミュニティへアクセスする都市」なのです。イベントの価値は、会場内のコンテンツだけでは決まりません。そこに「誰を呼べるのか」。ロンドンは、この点で非常に強い都市です。
4. Excel Londonが「欧州最大級」へ進化
もちろん、産業だけではMICE都市にはなれません。それを受け止めるインフラも必要です。その象徴がExcel Londonです。2025年に25,000㎡の拡張エリアがオープン。
総面積は**125,000㎡**となり、Excelによれば欧州最大の完全統合型コンベンション&エキシビションセンターとなりました。さらに、その効果はすでに数字に表れています。拡張から1年間で、新エリアだけで30件の大型国際イベントを開催。
そのうち10件の国際会議だけで約10万人の参加者を迎え、推計2億5,000万ポンドの経済効果を生み出しました。Excel全体では年間400以上のイベント、約400万人の来場者を迎えています。
ロンドンは、「産業が強いからイベントが集まる」だけではなく、「集まったイベントを受け止める巨大なインフラにも投資する」という両輪で成長しているのです。
5. 「イベントだけ」の場所にしない
Excel London周辺の動きも興味深いものがあります。従来の展示場は、イベントがある日は多くの人が訪れる。しかしイベントがない日は閑散とする。という課題を抱えがちでした。
そこでExcelでは、ウォーターフロントにImmerse LDNという体験型エンターテインメント地区を展開しています。
Formula 1 Exhibition、没入型コンテンツ、エンターテインメントなどを組み合わせ、イベント参加者だけでなく一般の来街者も楽しめる場所へ変化しています。London & Partnersも2026年、体験型コンテンツ企業Feverと提携し、ロンドンの「Experience Economy」の成長を政策的に後押ししています。
つまり、MICE施設 × エンターテインメント × 街づくりです。これは日本の展示場やコンベンション施設を考えるうえでも、非常に参考になる発想ではないでしょうか。
6. イベントを「産業のショーケース」にする
ロンドンから特に学びたいのが、この考え方です。例えば、日本がAI産業を世界へ発信したいとします。
広告を出す。
海外展示会へ出展する。
企業誘致キャンペーンを行う。
もちろん、それも必要です。しかし、もう一つ方法があります。「世界最大級のAIイベントを日本で開催する」ことです。
世界のAI企業が来る。
研究者が来る。
投資家が来る。
メディアが来る。
日本企業がそこに参加する。
そこから商談や投資、共同研究が生まれる。
イベントそのものが、産業のショーケースになります。
実際、ロンドンでは2024年にもFinTech、Life Sciences、Sustainabilityなどの分野でビジネスイベントが増加していました。London Convention Bureauが扱った関連イベントは前年同期の25件から32件へ28%増えています。
MICEを「観光客を呼ぶ手段」とだけ捉えるのではなく、「成長産業を世界へ売り込むメディア」として使っているのです。
7. ロンドンの強さは「掛け算」にある
ロンドンには金融があります。
テクノロジーがあります。
大学があります。
研究機関があります。
文化があります。
観光があります。
巨大なイベント施設があります。
しかし、一つ一つなら他都市にも存在します。
ロンドンが強いのは、それらを掛け算できることです。
金融 × テクノロジー = FinTech
医療 × テクノロジー = MedTech
クリエイティブ × テクノロジー = Creative Tech
そして、
産業 × 人材 × 投資 × 都市体験 × MICE
です。異なる産業や人がイベントという場所で交わることで、新しい価値が生まれる。イベントは、その「交差点」として機能しています。
日本が学ぶべき5つのポイント
① 「会場」ではなく「産業」を売る
MICE誘致で、「何人入る会場があります」だけをアピールするのではなく、「この都市には誰がいるのか」を売ることが重要です。
企業、大学、研究者、スタートアップ、投資家など、都市の産業エコシステムそのものがMICE資産になります。
② 成長産業とMICE戦略を連動させる
半導体なら熊本。
スタートアップなら福岡。
モビリティなら愛知。
ライフサイエンスなら大阪・神戸。
テクノロジーなら東京。
地域が育てたい産業と、誘致・育成するイベントをセットで考えることができます。
③ 「世界のキーパーソンに会える」を参加価値にする
イベントの価値はコンテンツだけではありません。誰と出会えるかも重要です。登壇者、参加者、企業、投資家まで含めたコミュニティ設計が、MICEの競争力になります。
④ MICE施設を「365日、人が集まる街」にする
展示会場の周囲に、飲食、エンターテインメント、ホテル、オフィス、体験型施設などを組み合わせる。「イベントのある日に行く場所」から、「普段から人が集まる場所」へ変えることで、MICE施設は街づくりの核になります。
⑤ MICEを産業政策として位置付ける
これが最も重要です。イベントは単なる「催事」ではありません。世界中の人、情報、技術、企業、資本を、数日間で一つの場所に集めることができる装置です。その力を産業政策に活用する。ロンドンは、その可能性を示しています。
編集部より
この連載で世界のMICE都市を見ていると、一つの共通点が見えてきます。強いMICE都市は、MICEだけを強くしようとしていないということです。
ロンドンなら金融、テクノロジー、ライフサイエンス、クリエイティブ。
パリなら文化やファッション。
ソウルならK-カルチャー。
コペンハーゲンならサステナビリティ。
メルボルンなら研究・教育。
その都市がもともと持っている強みと、MICEを掛け合わせています。だからこそ、「そのイベントを、その都市で開催する理由」が生まれます。
日本でも、MICEを「イベント産業」という枠だけで考える必要はないのではないでしょうか。
AI。
ロボティクス。
半導体。
モビリティ。
ゲーム・アニメ。
医療。
環境技術。
日本が世界で伸ばしたい産業があるなら、そこに世界中の人を集めるイベントをつくる。そしてイベントをきっかけに、商談、投資、採用、共同研究、新しいビジネスを生み出す。「イベントを開催するために、人を集める」のではない。「産業を成長させるために、イベントで人を集める」。この発想の転換こそ、ロンドンから日本が学べる最大のポイントではないでしょうか。







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