「私たちのブランドは、○○を大切にしています」企業イベントでは、よく聞く言葉です。ブランドの歴史を紹介する。ブランドムービーを流す。商品開発への想いを語る。もちろん、どれも大切です。

しかし、本当にブランドを理解してもらうためには、「説明する」だけで十分なのでしょうか。昨日10月1日、アウトドアブランドのマムートが、初の大規模展示イベント「マムート・イノベーション 2026」をマムート新宿でスタートしました。

会場では今秋冬に展開する「7つのイノベーション」を紹介するだけでなく、巨大な「逆さ岩(HANG ROCK)」やトレイルランニングをイメージした体験コースなどが用意されています。

今回はこの事例から、ブランドを「理解してもらう」のではなく、「体験してもらう」イベントについて考えてみます。

マムートが売っているのは「アウトドア用品」だけなのか

マムートは1862年、スイスのロープメーカーとしてスタートしたブランドです。現在掲げるブランドスローガンは、「Rise with the Mountain – 挑戦こそが人生だ。」です。

ここが今回のイベントを見るうえで重要です。もしマムートが、「新しいジャケットが発売されました」「防水性能は○○です」「この素材を使っています」と商品だけを説明するなら、Webサイトでもできます。ECサイトでもできます。SNSでもできます。

しかし、「挑戦こそが人生だ」というブランドの価値観は、スペック表だけでは伝わりません。そこで今回登場するのが、巨大な「逆さ岩」です。

「挑戦」を説明せず、「挑戦してもらう」

今回設置された「逆さ岩(HANG ROCK)」は、一般来場者も事前予約によって実際に挑戦できます。参加費は無料で、16歳以上などの参加条件が設定されています。ここが面白いところです。

「マムートは挑戦する人を応援するブランドです」と100回説明するより、目の前に巨大な岩がある。登ってみる。怖い。それでも挑戦する。できた。楽しい。その瞬間、「挑戦」というブランドメッセージを身体で理解します。

つまり、

ブランドメッセージ

↓

説明

ではなく、

ブランドメッセージ

↓

体験

に変えているのです。

ブランドイベントで最初に考えるべき問い

これは企業イベントにも応用できます。例えば、「Innovation」を掲げる企業なら、イノベーションについて講演するだけではなく、参加者自身が新しいものをつくる。

「Challenge」なら、何かに挑戦してもらう。

「Sustainability」なら、環境についてパネル展示するだけではなく、参加者自身に選択してもらい、その結果を可視化する。

「Connect」なら、知らない参加者同士がつながる仕掛けをつくる。

つまりイベントを企画するとき、「何を展示する?」より先に、「私たちのブランドを一つの“動詞”にすると何か?」と考えてみるのです。

「名詞」ではなく「動詞」にする

例えば、アウトドアブランド。これは名詞です。しかし、挑戦する。これは動詞です。

自動車メーカーなら、自動車を展示する。ではなく、移動する。

食品メーカーなら、食品を展示する。ではなく、味わう。

IT企業なら、AIを説明する。ではなく、AIと一緒につくる。

イベントは、ブランドを「名詞」から「動詞」に変えられる場所なのです。

商品展示も「体験の途中」に置く

ここでもう一つ重要なのが、商品の位置づけです。従来の展示会では、

商品

↓

説明

↓

体験

という順番になりがちです。しかしブランド体験型イベントなら、

体験

↓

感情

↓

商品

という順番も考えられます。例えば今回なら、

巨大な岩へ挑戦する。

↓

アウトドアの楽しさを感じる。

↓

「こういう環境では、どんなウェアやギアが必要なのだろう?」

↓

商品を見る。

すると商品は、「売られているもの」から「体験を実現するためのもの」になります。これは商品理解の質を大きく変えます。

「店舗」をイベント会場にする

今回もう一つ興味深いのは、イベント会場です。巨大な展示場ではありません。マムート新宿という店舗で開催されています。これは企業にとって非常に参考になります。イベントを開催するというと、ホテル。イベントホール。展示場。カンファレンス施設。などを借りることを考えます。

しかし企業にはすでに、店舗。ショールーム。オフィス。工場。研究所。などの「場所」があります。そこをイベント化できないでしょうか。

「店舗」は売る場所から、体験する場所へ

ECが普及した現在、商品を買うだけなら店舗へ行く必要は以前より少なくなりました。だからこそリアル店舗には、「わざわざ行く理由」が必要になります。

商品を見る。だけではなく、体験する。人と会う。学ぶ。挑戦する。コミュニティとつながる。イベントによって店舗は、「商品を売る場所」から「ブランドを体験する場所」へ変わります。

これは今後、企業イベントの重要なテーマになっていくのではないでしょうか。

「イベント」と「日常」の境界をなくす

さらに面白いのは、イベントのためだけに巨大な施設をつくらなくてもいいという点です。

普段は店舗。ある日はイベント会場。イベントが終われば、また店舗になる。企業がすでに持っている場所にイベント機能を加える。

これは、Retail × Eventという考え方です。店舗だけではありません。オフィス × Event。ホテル × Event。商業施設 × Event。工場 × Event。スタジアム × Event。街 × Event。以前この連載で取り上げた「街そのものをイベント会場にする」という考え方ともつながります。

SNSで広がるのも「説明」ではなく「体験」

もう一つ考えたいのが、イベント後です。ブランドパネルの写真をSNSに投稿する人は、それほど多くないかもしれません。

しかし、巨大な逆さ岩に挑戦している自分ならどうでしょう。写真を撮る。動画を撮る。投稿する。友人が見る。「これ何?」という会話が生まれる。

つまり体験型コンテンツには、参加者自身をメディアに変える力があります。イベントの発信者が企業だけではなくなるのです。

「写真を撮りたくなる」だけでは足りない

ただし、ここで一つ注意したいことがあります。最近のイベントでは、「映えるスポットをつくろう」という話がよく出ます。もちろん大切です。

しかし、写真を撮りたくなるだけでは、ブランド体験としては弱い場合があります。重要なのは、「なぜ、その体験がこのブランドなのか」です。今回の「逆さ岩」が興味深いのは、巨大だからではありません。

マムートの掲げる「挑戦」という価値観とつながっているからです。ここが、単なるアトラクションと、ブランド体験の違いです。

企業イベントに応用するなら

例えば、ある会社が、「失敗を恐れず挑戦する会社」を掲げているとします。周年イベントで社長が、「これからも挑戦していきましょう」と話す。

それだけではなく、会場にいくつもの「Challenge」をつくる。参加者が挑戦する。成功する。失敗する。仲間が応援する。

最後に、「あなたが明日から挑戦することは?」を書いて帰る。

すると、

企業理念

↓

社長の言葉

ではなく、

企業理念

↓

自分の体験

になります。社内イベントでも十分応用できます。

AI時代だから「リアル体験」の価値が上がる

そして、このテーマはAI時代のイベントを考えるうえでも重要です。商品説明。FAQ。資料作成。動画。情報検索。こうしたものは、AIによってどんどん効率化されます。だからリアルイベントで、WebでもAIでもできる「説明」だけを提供する意味は相対的に小さくなります。

一方、その場へ行く。人に会う。触る。身体を動かす。緊張する。笑う。達成感を味わう。これはリアル空間だからこそ提供できます。つまりAI時代には、イベントは「情報を提供する場所」から「体験を提供する場所」へさらにシフトしていくのではないでしょうか。

日本企業が取り入れたい5つのポイント

1.ブランドを「動詞」にする

自社ブランドが参加者にしてほしい行動を一つ考えます。

2.ブランドメッセージを説明しない

「挑戦」を伝えたいなら、挑戦してもらいます。

3.商品を体験の中に置く

商品そのものではなく、その商品によって実現する体験を見せます。

4.既存の場所をイベント化する

店舗、オフィス、ショールームなどもイベント会場になります。

5.SNS映えより「ブランドとの必然性」

「面白い体験」だけではなく、「なぜ、この会社がこの体験を提供するのか」まで設計します。

編集部からの考察

前回のVol.12では、ツーリズムEXPOジャパンを題材に、「説明する展示」から「行動したくなる展示」へというテーマを取り上げました。

今回のマムートは、その次の段階にあるように感じます。

説明する。

↓

興味を持ってもらう。

↓

行動してもらう。

↓

ブランドそのものを体験してもらう。

企業がイベントで伝えたいのは、商品のスペックだけではありません。「私たちは何者なのか」「何を大切にしているのか」「どんな未来をつくりたいのか」というブランドそのものです。

それなら、その答えをパネルに書くのではなく、参加者自身に体験してもらう。イベントには、それができます。だから次にブランドイベントを企画するとき、「何を伝える?」の前に、一つ問いを置いてみてもいいかもしれません。

「このブランドらしい体験とは、何だろう?」その答えが見つかったとき、イベントは広告でも説明会でもない、「ブランドを身体で理解する場所」になるのではないでしょうか。