【連載ビジネス小説】イベント担当になりまして。Vol.8 AIがつくった100のタスク
本連載は、企業のイベント担当者となった主人公・相原美咲が、数々の失敗や出会いを通じて成長していくビジネス小説です。登場する企業・人物・出来事はフィクションですが、イベントの現場で起こり得る課題をもとに構成しています。
ノートパソコンの画面の中央で、小さな円が回っていた。
主催者名、イベント名、開催日時、イベント種類、イベント形態。
相原美咲が入力した「青嶺テクノ創立30周年記念イベント」の情報をもとに、MICE JoyがWBS(Work Breakdown Strusture)/作業計画表を作成している。
数秒後、画面が切り替わった。
そこに表示されたのは、ずらりと並んだタスクだった。
開催概要、予算、会議体、スケジュール、運営体制、会場、演出・ステージ美術造作施工、出演者・講演、進行(舞台進行、台本等)、運営(受付・誘導)、テクニカル(映像、音響、照明、カメラ)運営、イベントシステム、集客、レポート振り返り――。
13のカテゴリーと。
「これ、全部やるの……?」
美咲は思わず声に出した。
隣に立っていた情報システム部の佐伯が、画面をのぞき込む。
「美咲がやるんじゃなくて、プロジェクトとして必要な仕事でしょ」
「そうだけど……多すぎない?」
画面には、100を超えるタスクが表示されていた。
自分のExcelになかった仕事
美咲は、MICE Joyが生成したWBSと、自分で作ったExcelを見比べた。
会場予約、招待者管理、進行台本、映像制作、運営スタッフの手配。
大きな項目は、美咲のExcelにも入っている。
しかし、タスクを細かく見ていくと、見覚えのない項目がいくつも出てきた。
- 会場搬入口と搬入可能時間の確認
- 映像素材の使用許諾確認
- 登壇者名・役職・読み方の最終確認
- 食物アレルギーへの対応
- 車いす利用者の動線確認
- 来賓控室の準備
- スタッフの休憩時間設定
- 緊急連絡網の作成
- 災害発生時の避難方法確認
- 撤収物と廃棄物の分別確認
美咲の手が止まった。
「避難方法……考えてなかった」
イベントで何も起きなければ、必要ないかもしれない。
だが、もし地震が起きたら。
もし参加者が体調を崩したら。
もし映像で使った写真について、あとから権利関係の問題が出たら。
美咲がExcelに書いていたのは、自分が知っている仕事だけだった。
知らない仕事は、そもそも書き出すことができない。
「抜けていることに気づけないのが、一番怖いって言ってたよね」
佐伯が言った。
美咲は黙ってうなずいた。
今、目の前にあるタスクの多さは、仕事が増えたことを意味しているのではない。
これまで見えていなかった仕事が、見えるようになったのだ。
AIが決めるのではなく、人が完成させる
もちろん、生成されたタスクをそのまま使えるわけではなかった。
青嶺テクノのイベントでは不要な項目もある。
一方で、永年勤続者表彰や社史映像など、今回特有の仕事は追加する必要があった。
美咲は一つずつ内容を確認した。
不要なタスクを削除し、表現を社内用に修正する。
開催日から逆算された期限を確認し、前後関係がおかしいところは順番を入れ替えた。
「AIがイベントをつくってくれるわけじゃないんだね」
「そりゃそうでしょ」
佐伯が即答する。
「会社の事情も、社長の性格も、参加者に何を感じてほしいかも、AIには全部分からない。最後に決めるのは美咲だよ」
美咲は少し安心した。
AIに仕事を奪われるような感覚はなかった。
むしろ、自分が考えるべきことと、機械に任せられる作業の境界が、少しずつ見えてきた。
AIがたたき台をつくり、人が目的に合わせて整える。
ゼロからExcelに項目を書き出していたときより、美咲はイベントの内容そのものを考えることに時間を使えていた。
「全部、美咲さんが担当になっています」
翌日のプロジェクト会議。
美咲はMICE Joyの画面を大型モニターに映した。
「準備に必要なタスクを整理しました。今日は、各項目の担当者と期限を決めたいと思います」
人事部の三浦、総務部の小野寺、広報部の神谷が画面を見る。
「ずいぶん細かいね」
小野寺が感心したように言った。
「細かく分けないと、進んでいるのか分からないので」
美咲は、担当者が未設定のタスクを絞り込んだ。
ところが、表示された一覧を見て、佐伯が小さく笑った。
「美咲、これを見て」
担当者欄には、同じ名前が並んでいた。
相原美咲。
相原美咲。
相原美咲。
ほとんどのタスクが、美咲の担当になっていた。
「仮で入れただけだから」
美咲は慌てて答えた。
「仮のまま、本番までいくパターンじゃない?」
図星だった。
これまで美咲は、誰に頼めばいいか迷うと、ひとまず自分の仕事にしていた。
そのほうが説明する手間もなく、早いと思っていたからだ。
しかし、100を超えるタスクを一人で抱えることなどできない。
美咲は画面を見ながら、出席者に向き直った。
「社史映像の素材収集は、広報部にお願いできますか?」
神谷がうなずいた。
「映像会社との調整まで含めていい?」
「お願いします。表彰者の確定と本人への連絡は、人事部にお願いしたいです」
「分かりました」
「会場との契約や搬入条件の確認は、総務部で対応いただけますか?」
小野寺は少し考えてから答えた。
「会場担当と一緒に確認しよう」
タスクに、一人ずつ担当者の名前が入っていく。
美咲の名前が減り、チームの名前が増えていく。
その画面を見たとき、美咲は初めて、周年イベントが「自分の仕事」から「会社のプロジェクト」へ変わったように感じた。

最新版を探さなくていい
MICE Joyを使い始めてから、会議の進め方も変わった。
以前は、会議の前日に美咲がExcelを更新し、最新版をメールで送っていた。
会議当日になると、誰かが古いファイルを開いている。
修正点はメール、資料は共有フォルダ、確認事項はチャット。
情報が分散しているため、会議の半分が「どれが最新か」を確認する時間になっていた。
今は、会議の冒頭で同じ画面を開く。
完了したタスク、進行中のタスク、期限を過ぎたタスク。
担当者がその場で状況を更新し、関連資料をタスクに紐づける。
「この資料、どこにありましたっけ?」
その質問が、少しずつ減っていった。
便利なのは、美咲が楽になることだけではなかった。
誰が、何を、いつまでに進めるのかを、全員が同じ情報で確認できる。
美咲が休んでも、プロジェクトの状況が分かる。
イベントが、一人の記憶に依存しなくなり始めていた。
イベントが仕組みで動き始めた瞬間だった。
赤く表示されたタスク
ある朝、美咲がMICE Joyを開くと、一つのタスクが赤く表示されていた。
社史映像に使用する写真素材の選定。
期限を二日過ぎている。
担当は広報部の神谷だった。
「神谷さんなら、ちゃんと進めてくれているはず」
そう思いながら詳細を確認すると、タスクの遅れによって、その後の映像構成、ナレーション原稿、社長確認、修正、納品までが後ろ倒しになる可能性が見えた。
美咲はすぐに神谷へ連絡した。
「写真の選定、何か困っていることがありますか?」
「実は、創業当時の写真がどこにあるか分からなくて。元社員の方に確認しているんだけど、返事がまだなの」
遅れていることだけを指摘しても、仕事は進まない。
必要なのは、止まっている理由を見つけることだ。
美咲は、総務部が保管している過去の社内報と、人事部が持つ退職者連絡先を確認することにした。
さらに、写真が見つからなかった場合に備えて、当時の製品カタログや新聞記事で構成する代替案を映像会社へ相談した。
三日後、写真素材の選定は完了した。
もし赤い表示を見ていなければ、美咲は映像会社から催促されるまで、遅れに気づかなかったかもしれない。
以前の美咲は、問題が起きてから走り回っていた。
今は、問題が大きくなる前に動き始めている。

タスクが見えても、相手は決まらない
準備は少しずつ前へ進んでいた。
しかし、WBSにはまだ、担当者ではなく「手配先未定」と書かれた項目が残っていた。
運営スタッフ。
音響・照明。
オープニング映像。
司会者。
ケータリング。
記念品。
美咲は一つずつ検索し、候補企業のウェブサイトを開いた。
問い合わせフォームに同じイベント概要を何度も入力する。
返信を待ち、見積もりをExcelへ転記し、対応範囲やキャンセル条件を比較する。
会社によって、見積書の形式も項目名も違う。
金額が安くても、必要な作業が含まれているとは限らない。
「タスクは見えるようになったのに、今度は頼む相手を探すだけで一日が終わる……」
美咲は椅子にもたれた。
そこへ佐伯が通りかかった。
「進捗管理は、だいぶ整ったみたいだね」
「管理はね。でも、必要なものを一社ずつ探して、問い合わせて、見積もりを比較するのが大変」
「Joyは、何を、いつまでに準備するかを管理するものだからね」
佐伯は美咲の画面を見ながら続けた。
「だったら次は、“誰に頼むか”を探せる仕組みが必要なんじゃない?」
「そんな都合のいいもの、あるの?」
佐伯はブラウザを操作し、新しいページを開いた。
画面に表示されたのは、会場、人材、機材、ケータリングなど、イベント開催に必要な手配先を探せるサービスだった。
その名前は――。
MICEマッチ。
美咲は再び、画面へ身を乗り出した。
次回予告
Vol.9「見積もりは、金額だけで選べない」
会場、スタッフ、映像、音響、司会、ケータリング。
創立30周年記念イベントに必要なものを、MICEマッチで探し始めた美咲。しかし、集まった見積もりには、金額だけでは分からない違いが隠れていた。
安い会社を選べば、本当に予算を守れるのか。
美咲は初めて、「手配先を選ぶ責任」と向き合う。







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