『イベント担当になりまして。』名もなき担当者が、日本最大の舞台をつくるまで Vol.6 「楽しかった」の、その先へ
突然、会社のイベント担当を任された、ごく普通の会社員・相原美咲。
経験もノウハウもないまま、Excel、メール、電話を頼りに準備を始めますが、会場予約の期限切れ、増え続ける修正、関係者との認識違い、そして本番直前のトラブル――。イベントの規模が大きくなるほど、彼女の前には新たな課題が立ちはだかります。
30人の小さな歓迎会から、日本最大級のコーポレートイベントへ。
『イベント担当になりまして。』は、一人の会社員がイベントとともに成長していく姿を描く、BizMICEの連載ビジネス小説です。
※本作品はフィクションです。登場する人物、企業、団体および出来事は架空のものであり、実在するものとは関係ありません。
前回までのあらすじ
中堅メーカーの総務部で働く相原美咲、29歳。
初めて任された新入社員歓迎会で、会場予約の期限切れ、予算超過、複数の「最新版」など、次々と起こる問題に向き合ってきた。
そして迎えた本番。
開会5分前になっても、司会を担当する中村が会場へ現れない。
参加者も社長も待っている。
美咲は、自ら司会台に立つことを決断した。
予定どおりではなかった。
それでもイベントは無事に終了し、翌朝、一人の新入社員からメッセージが届く。
この会社で頑張りたいと思える歓迎会でした。
舞台裏では失敗の連続だった。
それでも、参加者には何かが届いていた。
美咲は初めて、「もう一度、イベントをやってみてもいい」と思った。
「成功した」と言っていいのか
歓迎会の翌週。
美咲は高橋部長から会議室へ呼ばれた。
テーブルの上には、会場から届いた最終請求書と、美咲が作成した実施報告書が置かれている。
「まずは、お疲れさま」
高橋が言った。
「司会の件は驚いたけど、参加者からの評判もよかった。歓迎会は成功だったと思うよ」
「ありがとうございます」
美咲は素直にうれしかった。
あの日以来、社内ですれ違う人からも声をかけられた。
「楽しかったよ」
「新入社員の紹介映像、よかったね」
「司会も意外と上手だった」
イベント担当になってから、初めて苦労が報われた気がしていた。
しかし、高橋は実施報告書をめくりながら、次の質問をした。
「それで、この歓迎会は、何がどのくらい成功したの?」
「えっ?」
「参加者が楽しんだことは分かる。でも、会社として90万円を使って開催したわけだから、どんな成果があったのかを役員会で説明しないといけない」
美咲は言葉に詰まった。
「新入社員と先輩社員の交流ができました」
「どれくらい?」
「それは……」
「新入社員の会社への理解は深まった?」
「メッセージをくれた社員は、頑張りたいと言っていました」
「ほかの29人は?」
答えられない。
会場の手配、進行表、映像、司会台本。
イベントを実施するために必要なものは、必死に準備した。
しかし、イベントの成果を確認する準備は、何もしていなかった。

感想と成果は違う
自席へ戻った美咲は、歓迎会について届いたメールを読み返した。
「楽しかった」
「料理がおいしかった」
「映像がよかった」
「司会、お疲れさまでした」
どれもうれしい感想だった。
だが、高橋の質問に答えるには足りない。
歓迎会の目的は、参加者を楽しませることだけだったのだろうか。
美咲は企画書を開いた。
目的の欄には、こう書かれていた。
新入社員を歓迎し、社員同士の交流を促進する。
短い一文だった。
しかし、「歓迎できた状態」や「交流が促進された状態」が、具体的に何を意味するのかは書かれていない。
出席すれば達成なのか。
誰か一人と話せば交流なのか。
満足度が高ければ成功なのか。
入社後の不安が減れば成功なのか。
会社への理解が深まれば成功なのか。
目的が曖昧なままでは、成果も曖昧になる。
美咲は初めて、イベントのゴールが「開催すること」ではないと気づいた。
30人へのアンケート
「今からでも、新入社員にアンケートを取れませんか?」
美咲は人事部へ相談した。
「歓迎会から一週間たっているけど、回答してくれるかな」
「短い内容にします。5分以内で回答できるようにします」
美咲はアンケートを作成した。
最初は、満足度だけを聞こうとした。
しかし、それでは「楽しかった」を数字に置き換えるだけだ。
質問を考え直した。
- 歓迎会全体の満足度
- 入社前と比べ、会社への理解が深まったか
- 先輩社員と会話する機会があったか
- 同期について知ることができたか
- 入社後の不安が軽減されたか
- 印象に残ったプログラム
- 改善してほしい点
翌日までに、30人中26人から回答が届いた。
全体満足度は、5点満点で4.5。
会社への理解が深まったと答えた人は、26人中21人。
先輩社員と十分に会話できたと答えた人は、26人中17人。
同期について知ることができたと答えた人は、26人中24人。
入社後の不安が軽減されたと答えた人は、26人中19人。
満足度は高い。
同期同士の相互理解にもつながった。
一方で、先輩社員との交流には改善の余地がある。
自由記述には、こんな意見があった。
同期の自己紹介は楽しかったが、先輩社員とは同じテーブルの方としか話せなかった。
役員の方のお話が少し長く、歓談時間が短くなった。
部署ごとの仕事内容をもう少し知りたかった。
入社前にもらえたら安心できる情報があった。
イベントが「成功」か「失敗」か。
それは一つの言葉だけで決められるものではなかった。
成果が出た部分もある。
届かなかった部分もある。
アンケートは、美咲が知らなかった両方の事実を教えてくれた。
100%ではなかった参加率
美咲は新入社員以外の参加者についても確認した。
招待した社員は32人。
実際に出席したのは26人。
参加率は約81%だった。
欠席者のうち4人は、所属部署の業務が長引いたことが理由だった。残り2人は、参加案内を見落としていた。
さらに、先輩社員の参加には部署ごとの偏りがあった。
営業部からは多く参加しているが、開発部からは2人だけ。
新入社員の配属先によっては、当日話せる先輩がほとんどいなかった。
会場には50人以上集まっていた。
美咲は、それだけで十分だと思っていた。
しかし重要なのは、人数だけではない。
誰に来てほしいイベントだったのか。
その人たちは実際に参加したのか。
参加した人同士に、どのような接点が生まれたのか。
参加者数の内側まで見なければ、目的を達成したかは分からない。
90万円の価値
美咲は実施報告書を書き直した。
最初の報告書には、開催日時、会場、参加人数、費用、当日の進行が記載されていた。
新しい報告書には、目的と成果を追加した。
開催目的
- 新入社員を会社全体で歓迎する
- 新入社員同士の相互理解を促進する
- 新入社員と先輩社員の交流機会をつくる
- 入社後の不安を軽減する
実施結果
- 新入社員参加率:100%
- 社内招待者参加率:約81%
- 全体満足度:4.5/5.0
- 会社への理解が深まった:81%
- 同期について知ることができた:92%
- 入社後の不安が軽減された:73%
- 先輩社員と十分に交流できた:65%
次回への改善点
- 部署ごとの参加人数を調整する
- 新入社員と先輩社員が会話できる交流企画を設ける
- 役員挨拶の時間を事前に調整する
- 開催直後にアンケートを実施する
- イベントの目的と評価項目を企画段階で決める
美咲は報告書を高橋へ提出した。
高橋は数字を見ながら、ゆっくりとうなずいた。
「これなら役員会で説明できる」
その一言に、美咲は胸をなで下ろした。
「先輩社員との交流は65%か。次は、ここを改善したいね」
「はい。席を自由にするだけではなく、部署を越えて話せる仕掛けが必要だと思います」
「なるほど」
高橋は、報告書の最後のページをめくった。
「90万円かかった、ではなく、90万円で何を生み出したのか。そこまで説明できると、イベントも会社の施策として考えやすくなるな」
美咲は、その言葉をノートに書き留めた。
費用だけを見れば、イベントは支出だ。
しかし、人の理解や行動が変われば、それは会社への投資になる。
問題は、その変化をどう捉え、次へつなげるかだった。
参加者の声だけでは見えないもの
アンケート結果を眺めていると、人事部の担当者が美咲の席へやってきた。
「歓迎会のアンケート、面白かった。来年も同じ項目で取れば、比較できそうだね」
「来年は、イベントの前にも聞いてみたいです」
「前にも?」
「会社への理解度や不安について、開催前と開催後で同じ質問をすれば、歓迎会によってどのくらい変化したか分かると思って」
担当者は少し驚いた後、笑った。
「相原さん、すっかりイベント担当者だね」
「まだ、失敗ばかりです」
「でも、去年は誰もそこまで考えていなかったよ」
美咲は、最初に共有フォルダで見つけた前年の資料を思い出した。
進行表、座席表、見積書、司会台本。
当日の運営資料は残っていた。
しかし、なぜその内容にしたのか、参加者がどう感じたのか、次回何を改善すべきかは残っていなかった。
イベントが終わるたびに、ノウハウも一緒に消えていたのだ。
美咲は共有フォルダに「実施後振り返り」というフォルダを作り、報告書とアンケート結果を保存した。
さらに「次回への申し送り」という文書を作った。
来年の担当者が、自分と同じところから始めなくて済むように。
次の依頼
その日の午後、高橋から会議室へ呼ばれた。
テーブルには、見慣れない企画書が置かれていた。
表紙には、こう書かれている。
創立30周年記念イベント
「今年、うちの会社が創立30周年を迎えるのは知っているよね」
「はい」
「11月に、記念イベントを開催することになった」
高橋が企画書を美咲の前へ滑らせた。
想定参加者は200人。
社員だけではない。
取引先、OB・OG、関係会社、役員、来賓。
会場では、社長の基調講演、会社の歴史を振り返る映像、社員表彰、懇親会を実施する予定だという。
準備期間は4カ月。
予算は800万円。
歓迎会とは、規模も内容も桁が違う。
「このプロジェクトに、相原さんにも入ってもらいたい」
「私が、ですか?」
「歓迎会の報告書を役員会で見せたら、社長が名前を覚えていてね。担当の一人に加えるように言われた」
美咲は企画書を見つめた。
歓迎会では、50人規模でも何度も行き詰まった。
200人になれば、会場も、スタッフも、映像も、進行も、関係者も増える。
管理する資料も、比較する見積書も、確認すべき期限も増えるだろう。
「もちろん、相原さん一人に任せるわけじゃない」
高橋はそう言った。
「プロジェクト責任者は経営企画部の佐伯さん。人事、広報、営業からもメンバーを出す。外部の協力会社にも依頼する予定だ」
一人ではない。
その言葉に安心するはずだった。
しかし、美咲の頭には別の不安が浮かんだ。
複数の部署。
複数の協力会社。
複数の資料。
複数の判断者。
関係者が増えれば、情報共有はさらに難しくなる。
「どうする?」
高橋が尋ねた。
断ることもできる。
歓迎会を一度担当しただけだ。
経験が足りないと言っても、誰も責めないだろう。
それでも美咲は、企画書の表紙をめくった。
「やります」
声は、思っていたよりもはっきり出た。
怖さはある。
だが、歓迎会の前とは違う。
今の美咲は、イベントが単なる社内行事ではないことを知っている。
一つの場が、人の気持ちを変えることも知っている。
そして、失敗から次の方法を考えられることも知った。
「ただし、一つお願いがあります」
「何?」
「最初に、このイベントで何を実現したいのかを決めさせてください」
高橋は少し驚いた顔をした後、笑った。
「それは、佐伯さんにも伝えておくよ」
美咲は企画書を抱え、会議室を出た。
30人の新入社員から始まったイベント担当者の仕事は、200人の舞台へ進もうとしていた。

今回の舞台裏から学ぶこと
イベントの目的を「開催すること」にしない
イベントの開催自体を目的にすると、終了した時点で成功と判断され、成果や改善点が見えなくなります。
企画段階で、参加者にどのような変化を生み出したいのかを明確にしましょう。
- 何を知ってほしいか
- どのように感じてほしいか
- 誰とつながってほしいか
- イベント後に、どのような行動を取ってほしいか
目的に合った評価指標を決める
参加者数や満足度だけでは、イベントの成果を十分に測れない場合があります。
目的に応じて、次のような指標を組み合わせます。
- 招待者数・申込者数・参加者数
- 参加率・欠席率
- 全体満足度
- 内容理解度
- 推奨意向
- 交流できた人数
- 参加前後の意識変化
- イベント後の行動変化
- 次回参加意向
アンケートは企画段階で設計する
イベント終了後に質問を考えると、測定したかった情報を取得できない可能性があります。
イベントの目的を決めた段階で、アンケート項目や測定方法も設計しましょう。必要に応じて開催前にも調査を行い、参加前後の変化を確認します。
振り返りを次回の資産にする
実施後は結果を記録し、次回の担当者が活用できる形で残すことが重要です。
- 目標と実績
- 参加者の評価
- 発生したトラブル
- うまくいった施策
- 改善すべき点
- 見積額と最終金額
- 協力会社の対応
- 次回への申し送り
イベントを一度きりで終わらせず、経験を組織のノウハウへ変えていきましょう。
美咲が今回学んだこと
「楽しかった」は大切な成果。
その先にある理解や行動の変化まで捉えて、イベントの価値になる。
次回予告
Vol.7 200人のプロジェクト
創立30周年記念イベントのメンバーに選ばれた美咲。
最初の会議には、経営企画、人事、広報、営業など、異なる部署の担当者が集まる。
しかし、社長が求めるのは「30年の感謝が伝わるイベント」。経営企画は企業理念の浸透、営業部は取引先との関係強化、広報部は社外発信を重視していた。
目的が違えば、必要な企画も会場も変わる。
さらに美咲のもとには、会場、映像、音響、装飾、ケータリング、運営スタッフなど、次々と手配項目が押し寄せる。
参加者は200人。準備期間は4カ月。
一人で走るだけでは、もう間に合わない。







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