【イベントDXの新常識 ~参加者体験から考えるイベントの未来~】第10回 イベントの未来予想図 ― 誰もが「プロ品質」のイベントをつくれる時代へ
イベントを開催したい。そう思った企業担当者が、まずパソコンを開く。そしてAIにこう伝える。「11月に、社員300名の表彰式を開催したい」。するとAIが質問を始める。「開催目的は何ですか?」「参加者にどんな気持ちになってほしいですか?」「予算はいくらですか?」「オンライン配信は必要ですか?」
いくつかの質問に答えると、AIがイベントの全体像をつくり始める。
コンセプト。開催までのスケジュール。必要なタスク。会場候補。スタッフ。司会者。音響・映像・照明。ケータリング。ステージ・美術。そして当日の運営計画。
これまでイベントのプロフェッショナルが何週間もかけて組み立ててきた準備の「たたき台」が、短時間で出来上がる。そんなイベント運営が、少しずつ現実に近づいている。
イベント開催には、まだ「高い壁」がある
企業にとってイベントは非常に価値のあるコミュニケーション手段だ。社員総会なら、会社のビジョンを共有できる。表彰式なら、社員のモチベーションを高められる。展示会なら、新しい顧客と出会える。カンファレンスなら、企業の思想やブランドを伝えられる。
しかし、イベントには一つ大きな問題がある。開催するのが難しい。会場はどう選べばいいのか。何か月前から準備すればいいのか。どんなスタッフが必要なのか。機材は何を手配すればいいのか。当日の進行はどう組めばいいのか。
イベント経験の少ない担当者にとっては、分からないことだらけだ。
「イベントのプロしかできない」を変える
これまでイベント品質は、担当者や制作会社の経験に大きく依存してきた。経験豊富なプロデューサーは、「そろそろ会場を押さえないと間に合わない」「この規模なら受付スタッフはこれくらい必要」「この進行だと転換時間が足りない」といったことを経験から判断する。
これはイベント業界に蓄積された非常に価値のある知識だ。一方、その知識が「人の頭の中」にしか存在しなければ、経験のない担当者は毎回ゼロから学ばなければならない。
そこでAIが大きな役割を果たす。イベントの種類、規模、予算、過去の事例、プロジェクトデータなどを組み合わせることで、これまでプロフェッショナルの経験に依存していた判断をAIが支援する。イベントのプロの知識を、誰もが使えるようにする。これがイベントDXの大きな可能性の一つである。
「検索するイベント運営」から「提案されるイベント運営」へ
これまでイベント担当者は、自分で必要なものを探してきた。「東京 300人 イベント会場」「イベント 司会者 手配」「イベント 音響会社」「ケータリング 300人」
検索して、問い合わせて、比較して、発注する。しかし、そもそもイベント経験が少なければ、「何を検索すればいいのか」すら分からない。これからは、この構造自体が変わる可能性がある。
AIがプロジェクトの進捗を理解し、「開催まで90日なので、そろそろ会場を確定しましょう」「ステージ演出を行うため、映像・音響・照明会社の手配が必要です」「参加者300名の場合、受付スタッフは○名程度を検討しましょう」と提案する。
担当者が必要なものを思い出して検索するのではなく、必要になったタイミングでAIから提案される。イベント運営は「検索型」から「サジェスト型」へ変わっていく。
AIが計画し、必要なものを手配する
さらにその先には、AIによる「手配」がある。例えばAIが、「このイベントには以下の手配が必要です」と提示する。
人
司会者、運営スタッフ、カメラマン、テクニカルスタッフ。
モノ
音響、映像、照明、ステージ、美術、イベント備品。
サービス
会場、ケータリング、警備、交通、宿泊。
担当者が内容を確認して承認すると、それぞれの条件に合うサプライヤー候補が提示される。見積もりを比較する。条件を確認する。発注する。さらに発注後は納期や進捗までプロジェクト上で管理する。
つまり、プロジェクト管理と調達が一つにつながる。
イベント担当者は複数のサイトやメールを行き来する必要がなくなっていく。イベント業界でもAIエージェントの実装は始まっており、2026年には企画・集客・参加者対応などで「先回りして提案するAI」を目指す動きが具体化しています。
「点」だったサービスが「線」になる
イベントサービスの多くは、これまで主催者との接点が「点」だった。会場を探すとき。スタッフを探すとき。ケータリングを頼むとき。必要になった瞬間だけサービスを利用する。
しかし、プロジェクト管理ツールは違う。イベント開催が決まった瞬間から、本番当日まで使われ続ける。
企画。
準備。
定例会議。
手配。
進捗管理。
マニュアル作成。
そして本番。
プロジェクト全体にAIが寄り添えば、「今、この主催者には何が必要なのか」を理解できる。これまで「点」だったイベントサービスを、プロジェクト全体を通じた**「線」**へ変えることができるのである。
イベント担当者は「作業する人」ではなくなる
こうした世界が実現すると、イベント担当者の仕事は大きく変わる。これまで多くの時間を使っていた、Excelを更新する。メールを探す。スケジュールを作る。議事録を書く。タスクを催促する。業者を検索する。見積もりを集める。マニュアルを作る。といった作業をAIが支援する。では、人間は何をするのか。
「どんなイベントにしたいか」を考える。
参加者に何を感じてもらいたいのか。
どんなメッセージを伝えたいのか。
どんな出会いを生み出したいのか。
どんな瞬間を記憶に残したいのか。
AIの活用目的は、人間をイベントから遠ざけることではない。むしろ、人間をイベント本来の仕事へ戻すことなのかもしれない。
AI時代だからこそ「リアルな体験」の価値が高まる
AIが普及すれば、文章も画像も動画も簡単につくれるようになる。オンライン上の情報量は、さらに増えていくだろう。だからこそ逆に、同じ場所に集まる。同じ瞬間を共有する。偶然誰かと出会う。その場の熱量を感じる。というリアルな体験の価値は高まっていく。
実際、2026年のイベントトレンドでも、AI活用が進む一方で、人とのつながりや信頼、参加者にとって意味のある体験が重要視されています。
イベントDXとは、イベントをデジタルに置き換えることではない。デジタルとAIを使って、リアルな体験をもっと良くすること。この連載で一貫して伝えてきたのも、この考え方である。
「誰もがイベントを開催できる世界」へ
そして、イベントDXが進んだ先には、もう一つ大きな変化がある。イベント開催のハードルが下がることだ。これまでは、「イベントをやりたいけれど、ノウハウがない」「担当者がいない」「準備が大変そう」という理由で開催を諦めていた企業も多い。
しかしAIがプロジェクトを支援し、必要なタスクを教え、必要な人・モノ・サービスまで手配してくれるようになれば、イベント開催はもっと身近になる。
イベントの専門家ではなくても、一定品質のイベントを開催できる。
100人のイベントも。
500人のイベントも。
社員総会も。
表彰式も。
採用イベントも。
カンファレンスも。
誰もが「プロ品質」のイベントをつくれる。それが、イベントDXの先にある未来ではないだろうか。
編集部より ― 全10回を終えて
第1回から今回まで、この連載では「イベントDX」をさまざまな角度から考えてきました。
参加者体験。
イベントアプリ。
情報配信。
ネットワーキング。
データ活用。
AI。
ノウハウの蓄積。
そしてAIエージェント。
しかし、これらに共通する目的は一つです。より良いイベント体験をつくること。DXやAIは、そのための手段にすぎません。イベントには、人を動かす力があります。
人が集まり、同じ時間を共有し、誰かの言葉に心を動かされ、新しい人と出会い、時には人生やビジネスが変わる。
この価値は、どれだけテクノロジーが進化しても変わらないでしょう。むしろAIによって準備や管理の負担が減れば、人間はもっと「人を動かす体験」を考えることに集中できます。テクノロジーが進化するほど、イベントはもっと人間らしくなる。それこそが、これからのイベントDXが目指す未来なのかもしれません。
【イベントDXの新常識】連載一覧
【イベントDXの新常識 ~参加者体験から考えるイベントの未来~第1回】なぜ今、イベントDXが必要なのか ― 変化する参加者ニーズと主催者の課題
【イベントDXの新常識 ~参加者体験から考えるイベントの未来~】第2回 参加者体験(CX)がイベント成功を左右する時代
【イベントDXの新常識 ~参加者体験から考えるイベントの未来~】第3回 イベントアプリは「便利ツール」から「体験基盤」へ
【イベントDXの新常識 ~参加者体験から考えるイベントの未来~】第4回 情報が届かないイベントは、なぜ評価されないのか
【イベントDXの新常識 ~参加者体験から考えるイベントの未来~】第5回 イベントの価値は「交流」で決まる ― ネットワーキングをデザインする時代へ
【イベントDXの新常識 ~参加者体験から考えるイベントの未来~】第6回 データで進化するイベント運営 ― 参加者の行動を「次の成功」につなげる
【イベントDXの新常識 ~参加者体験から考えるイベントの未来~】第7回 AIがイベント運営をどう変えるのか ― 「準備する仕事」から「体験を設計する仕事」へ
イベントDXの新常識 ~参加者体験から考えるイベントの未来~第8回 イベント運営の「属人化」をどうなくす? ― 経験とノウハウを組織の資産へ
【イベントDXの新常識 ~参加者体験から考えるイベントの未来~】第9回 AIエージェントでイベント運営はどこまで自律化するのか ― 「指示するAI」から「先回りするAI」へ
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