Destination Watch Vol.14で取り上げるのは、スペインの首都マドリードです。

美術館。サッカー。グルメ。歴史的建築。

世界有数の観光都市として知られるマドリードですが、MICE都市としても大きな存在感を持っています。2025年のICCA国際会議都市ランキングでは、108件で世界13位。そして2025年、マドリードで開催されたMICEによる経済効果は約55億ユーロに達しました。

しかし今回注目したいのは、ランキングでも経済効果でもありません。2026年、Madrid Convention BureauはMICE戦略について非常に興味深い方針を打ち出しています。

それは、「イベントを何件誘致するか」だけではなく、「どんなイベントを誘致するか」を重視すること。

イベントによって、経済価値が生まれる。知識が入ってくる。都市の評判が高まる。新しいビジネスが生まれる。地域社会へ価値が残る。

MICEを単なる「集客」ではなく、都市を成長させる手段として考えているのです。


数字で見るマドリードMICE

まず、その市場規模を見てみましょう。2024年にはマドリードで、54,784件のMeetingが開催されました。参加者は、約258万人。そしてMICEによる経済効果は、56億7,400万ユーロ。前年から8.3%増加しました。

さらに2025年には、MICE参加者による消費にも変化が表れています。

1日あたりの平均消費額は、

2024年:174ユーロ
↓
2025年:293ユーロ

へ増加。

1回の滞在における平均消費額も、

765ユーロ
↓
929ユーロ

へ増加しました。つまりマドリードでは、「何人来たか」だけではなく、「一人の参加者が街にどれだけ価値を生んだか」も重要になっています。


MICE戦略

「イベントを増やす」から「価値の高いイベントを呼ぶ」へ

マドリードの2026年MICE戦略で特に注目したいのが、イベント誘致の考え方です。Madrid Convention Bureauは今後、経済的価値だけでなく、

知識

都市のレピュテーション

地域の発展機会

などをもたらすイベントの誘致を強化するとしています。さらに、サイバーセキュリティ、FinTech、ヘルスケア、Big Dataなど、マドリードが重点分野と位置づける産業との連携を強化します。

つまり、「1万人来るイベントだから誘致する」ではありません。「このイベントがマドリードの未来にどうつながるのか」まで考える。

ここに、これからのMICE都市戦略のヒントがあります。


「人数」より「誰が来るか」

例えば、300人の国際会議があるとします。人数だけを見れば、それほど大きなイベントではありません。しかし参加者が、世界的な研究者、企業経営者、投資家、スタートアップ、政策関係者だったらどうでしょうか。

そこで新しい共同研究が始まる。企業が進出する。投資が生まれる。新しい技術が紹介される。世界へマドリードの情報が発信される。すると300人のイベントでも、都市にもたらす価値は数万人規模のイベントを上回る可能性があります。

だからこそ、「参加者数=イベント価値」ではない。マドリードの戦略から見えてくる重要なポイントです。


MICEと「都市の重点産業」をつなぐ

マドリードが重視しているのが、MICE × 産業政策です。

例えば、

サイバーセキュリティ

国際カンファレンスを開催する。

↓

世界の専門家がマドリードへ来る。

↓

地元企業・大学・スタートアップと交流する。

↓

共同研究やビジネスが生まれる。

FinTech

金融・テクノロジーの専門家を集める。

↓

地元金融機関やスタートアップと接点をつくる。

↓

投資や企業進出につなげる。

つまりイベントを、「人を呼ぶためのコンテンツ」から「産業を成長させるためのプラットフォーム」へ変える。これは非常に重要な考え方です。


Madrid Convention Bureau

その戦略の中心にいるのが**Madrid Convention Bureau(MCB)**です。MCBにはホテル、イベント会社、交通事業者、イベント施設など、MICEに関わる約240社が参加しています。つまりConvention Bureauだけで誘致するのではありません。

都市のMICE産業全体でイベントを取りにいく。

2025年には、70件のプロモーション活動、187件の国際会議、31件の企業イベントを支援しました。

2026年には活動をさらに強化。

米国、ラテンアメリカ、欧州など主要市場へのプロモーションを拡大しています。

MICE誘致は、「会場の営業活動」ではなく、都市全体の営業活動なのです。


マドリードがMICE都市として強い5つの理由

① 「数」から「価値」へKPIを変えている

これが今回最も注目したいポイントです。従来のMICEでは、何件開催したか。何人参加したか。何泊したか。という数字が重視されてきました。

もちろん、それらも重要です。しかしマドリードは、

知識

レピュテーション

地域への発展機会

までイベント価値として捉えようとしています。つまりMICEのKPIそのものを広げています。


② 都市の成長産業とイベントをつなぐ

サイバーセキュリティ。FinTech。ヘルスケア。Big Data。こうした分野を重点的に誘致することで、イベント誘致=産業誘致へ近づいていきます。

MICEを観光政策だけではなく、産業政策として活用する。ここは日本にとっても非常に参考になります。


③ MICE参加者の「消費価値」が高い

2025年のMICE参加者の1日平均消費額は293ユーロ。単に観光客を増やすのではなく、高付加価値な来訪者を呼び込む。ホテル。飲食。交通。文化施設。ショッピング。イベント参加者の消費は街全体へ広がります。

だからMICEは、「会場の中だけのビジネス」ではありません。


④ サステナビリティを「測定」する

マドリードでは、イベントの環境負荷を測定・報告するための実務的なガイド整備も進めています。さらにMadrid Convention Bureauは、

PLUS(Positive Impact)

というデジタルツールを提供。イベント開催前からサステナビリティやLegacyに関するレポートを作成し、SDGsへの対応をイベントの各段階へ組み込むことを支援しています。

つまり、「環境に配慮しましょう」で終わらせない。

測る。
改善する。
報告する。

イベントのサステナビリティもデータで管理する方向へ進んでいます。


⑤ Legacyを「仕組み」にする

前回のシドニーでも紹介したLegacy。マドリードでも重要なMICE戦略になっています。Madrid Convention Bureauでは、イベントが地域社会へポジティブな影響を残すため、地元の財団、NPO、社会団体などとイベント主催者をつなぐ仕組みを持っています。

つまり主催者が、「地域貢献したいけれど、誰と何をすればいいのか分からない」という状態にしない。Convention Bureauがイベントと地域社会の間に入る。これも非常に実践的な取り組みです。


「Share Knowledge, Share Life」という面白い取り組み

マドリードには、MICEと地域社会をつなぐ象徴的なプロジェクトがあります。

その名も、Share Knowledge, Share Life

Madrid Convention Bureauがスペイン赤十字やマドリード州の輸血センターと連携して行う取り組みです。マドリードで開催される会議や国際会議をきっかけに、参加者による献血を地域医療へつなげる。

つまり、「世界から専門家が集まる」だけで終わらせない。その人たちが滞在している時間を、地域社会へ価値を残す機会にも変える。これこそLegacyを非常に分かりやすく表現した事例ではないでしょうか。


BizMICE Insight

日本も「イベント誘致」から「価値誘致」へ

マドリードの事例から日本が学べる最大のポイントは、「何件のイベントを誘致したか」だけを成功指標にしないことではないでしょうか。

例えば、

東京 × AI・FinTech

世界の企業・投資家・研究者を集める。

大阪・神戸 × 医療・ライフサイエンス

研究者、医療機関、企業をつなぐ。

名古屋 × モビリティ

世界の自動車・航空・ロボティクス企業を集める。

福岡 × スタートアップ

海外投資家と地域企業をつなぐ。

札幌 × 食・農業

研究者、食品企業、生産者を世界とつなぐ。重要なのは、「イベントを開催した結果、その地域の産業に何が起きたか」です。


MICEのKPIを変えてみる

例えば従来なら、「イベント開催数」「参加人数」「宿泊数」「経済効果」がMICEの代表的なKPIでした。これからは、そこに、「商談数」「共同研究数」「スタートアップとのマッチング数」「投資案件」「地域企業との取引」「イベント終了後の継続プロジェクト」「地域社会へのLegacy」などを加えてもいいのではないでしょうか。

するとMICEは、観光政策から、都市成長戦略へ変わります。


「どれだけ呼んだか」ではなく「何を起こしたか」

1万人が参加して、何も残らないイベント。

500人しか参加しなかったけれど、新しい企業が進出した。共同研究が始まった。スタートアップへの投資が決まった。地域課題が一つ解決した。

どちらのイベントが都市にとって価値が高いでしょうか。答えはイベントによって異なります。だからこそ、「参加人数」だけではイベント価値を測れない。

重要なのは、イベントによって何を起こしたかったのか。そして、実際に何が起きたのか。ここまで測ることが、これからのMICEには求められていくのかもしれません。


Destination Watch Score

評価項目評価
国際競争力★★★★★
都市・産業連携★★★★★
経済波及効果★★★★★
Legacy★★★★★
サステナビリティ★★★★★
MICE推進体制★★★★★
日本が学べる度★★★★★

日本との比較

項目マドリード日本
誘致の考え方都市への価値を重視開催件数・参加者・経済効果等を重視
重点分野サイバー、FinTech、医療、Big Data等都市ごとに重点産業あり
LegacyMCBが地域団体との接続を支援都市・イベントごとに取り組み
サステナビリティ測定・報告まで支援取り組みが拡大中
今後のポイント高付加価値イベントの誘致産業政策とMICEのさらなる連携

編集部コメント

シドニーが、「イベントが都市に残す価値までデザインする都市」だとすれば、マドリードは、「都市に価値を生むイベントを選びにいく都市」と言えるかもしれません。

これは似ているようで、少し違います。イベントを誘致してから、「どうLegacyをつくろうか」と考えるだけではありません。

その前の段階から、「このイベントを呼ぶことで、街に何が起きるのか」を考える。これはMICE戦略として非常に重要な変化です。イベントには、人を集める力があります。

そして、人が集まれば、知識が動く。情報が動く。お金が動く。企業が動く。時には産業そのものが動く。だからMICEは、単なる「イベント産業」でも、単なる「観光産業」でもありません。都市の未来をつくる産業になり得る。マドリードのMICE戦略は、その可能性を分かりやすく示しているのではないでしょうか。