国際会議を開催する。世界中から数千人が訪れる。ホテルが埋まり、レストランが賑わい、地域に大きな経済効果が生まれる。これまでMICEの成功は、こうした**「参加者数」と「経済効果」**によって語られることが一般的でした。

しかし今、その考え方をさらに一歩進めている都市があります。オーストラリア・メルボルンです。メルボルンが重視しているのは、「イベントが終わったあと、都市に何が残ったのか」という視点です。

新しい研究ネットワークが生まれた。

海外から投資が入った。

地域の社会課題について議論が進んだ。

若い研究者が世界とつながった。

新しい産業の成長につながった。

こうした長期的な成果を、MICEの**「レガシー(Legacy)」**として捉えています。今回は、「イベントを開催して終わり」にしないメルボルンのMICE戦略から、日本が学べることを考えてみます。

1. オーストラリアを代表する国際会議都市

メルボルンは、オーストラリア有数のMICE都市です。2024年には国際団体会議で49,233人の参加者を受け入れ、オーストラリアの都市で最多となりました。同年に開催された国際団体会議は62件。1イベント当たりの平均参加者は794人で、平均参加者数ではオセアニア1位、世界でも5位となっています。

さらに2024/25年度、Melbourne Convention Bureau(MCB)は将来開催される230件のビジネスイベントを獲得。これらによって、

  • 約57,000人の参加者
  • 約113,000泊の宿泊需要
  • 約2億7,000万豪ドルの経済効果

が見込まれています。数字だけを見ても、世界有数のMICE都市と言えるでしょう。しかし、メルボルンの面白さはここからです。

2. 「経済効果の先」を測る

メルボルンでは、MICEの価値を経済効果だけでは評価していません。2025年、MCBは**「The Positive Impact of Business Events Report」**を発表しました。

そこで示されたのは、ビジネスイベントがもたらす価値を、経済効果だけではなく、

地域社会への貢献

産業の成長

教育

貿易・投資

などまで広げて考えるという発想です。過去10年間では、MCBが関わった1,620件のビジネスイベントによって約23.4億豪ドルの経済効果が生まれました。しかし、それと同時にイベントが産業や地域社会に長期的な変化を残してきたことも重要な成果として位置付けています。

つまり、「イベント開催=消費を生み出すもの」から、「イベント開催=未来への投資」へ。MICEの価値そのものを広げているのです。

3. 「知」が集まる都市だから国際会議に強い

なぜメルボルンは、このようなMICE戦略を実現できるのでしょうか。大きな理由の一つが、大学・研究機関・医療機関の集積です。

メルボルンは、

  • 医療
  • ライフサイエンス
  • がん研究
  • 工学
  • AI
  • 環境・エネルギー

など、さまざまな研究分野で国際的なネットワークを持っています。例えば2025年にはWorld Cancer Leaders’ Summitを誘致。Cancer Council Victoriaや研究機関、大学、州政府などが連携して誘致を進めました。

2026年には、AI・機械学習・ニューラル情報処理などをテーマとする**International Conference on Neural Information Processing(ICONIP)**も開催されます。

ここで重要なのは、「会議を誘致したから研究者が集まった」のではなく、「研究者が集積しているから世界的な会議を誘致できる」という点です。

そして国際会議によって、さらに世界中の研究者が集まり、新たな共同研究やネットワークが生まれる。研究集積 → 国際会議 → 知識交流 → 新しい研究・産業 → さらに国際会議という循環が生まれているのです。

4. 「Team Melbourne」という官民学連携

メルボルンのMICE戦略を象徴する言葉があります。それが、**「Team Melbourne」**です。Melbourne Convention Bureauだけでイベントを誘致するのではありません。

  • ビクトリア州政府
  • メルボルン市
  • Melbourne Convention and Exhibition Centre(MCEC)
  • 大学
  • 研究機関
  • 医療機関
  • 企業
  • イベント関連事業者

などが連携します。特に国際学会の誘致では、地元の研究者や専門家が非常に重要な役割を果たします。「この分野ならメルボルンで開催する意味がある」というストーリーを、都市全体でつくるのです。単なる営業活動ではありません。都市の知識や産業そのものを、MICE誘致の武器にしている。ここにメルボルンの強さがあります。

5. MCECは「イベント会場」から「社会インフラ」へ

その中心的な施設が、**Melbourne Convention and Exhibition Centre(MCEC)**です。MCECは大型展示会や国際会議を開催するだけでなく、環境・社会へのインパクトにも力を入れています。

2024年にはEarthCheck Platinum認証を取得。また、世界で初めて6-Star Green Star環境評価を取得したコンベンションセンターでもあります。さらに現在では使用電力を再生可能エネルギーで賄い、基準値からCO₂排出量を約50%削減しています。

ここでも考え方は同じです。イベント会場を、「人を収容する箱」ではなく、「都市に社会的・環境的・経済的な価値を生み出すインフラ」として捉えているのです。

6. 「レガシー」をイベント設計に組み込む

メルボルンでは、イベント終了後に偶然レガシーが生まれることを期待しているわけではありません。最初から、「この国際会議を開催することで何を残したいのか」を考えます。

例えば、

医療系国際会議なら

世界的研究者と地元医療機関をつなぐ。

環境系カンファレンスなら

地域企業との共同プロジェクトにつなげる。

テクノロジーイベントなら

スタートアップや大学との共同研究を生み出す。

社会課題を扱う会議なら

市民や地域団体を巻き込む。

イベントの開催期間は3日でも、その効果は3年、5年、10年と続いていく。この考え方が「Legacy-driven MICE」です。

7. 「MICEのKPI」を変える

ここからが、日本にとって非常に重要なポイントです。

これまでMICEでは、

  • 開催件数
  • 来場者数
  • 宿泊数
  • 消費額
  • 経済波及効果

などが主要なKPIとして使われてきました。もちろん、これらは重要です。しかし、メルボルンの考え方を取り入れるなら、そこに新しいKPIを加えることができます。例えば、

共同研究が何件生まれたか

新しいビジネスが何件生まれたか

海外投資につながったか

スタートアップとの商談が生まれたか

地域社会の課題解決につながったか

イベント終了後もコミュニティが継続しているか

などです。つまり、MICEのROIを「開催期間中」だけで測らない。これからのMICEにおいて、非常に重要な考え方になるでしょう。

日本が学ぶべき5つのポイント

① 「何人来たか」から「何を残したか」へ

来場者数や経済効果だけでなく、イベント終了後に生まれた価値を評価する仕組みが必要です。

② 日本の「知」をMICE誘致に活用する

日本には、医療、ロボティクス、AI、半導体、モビリティ、素材、環境技術など、世界トップレベルの研究・産業があります。

これらを国際会議誘致ともっと連動させることができます。

③ 地元の研究者をMICE誘致の主役にする

行政やコンベンションビューローだけで誘致するのではなく、大学教授や研究者、企業の専門家が「アンバサダー」として世界へ働きかける仕組みが重要です。

④ 官・民・学を「Team Japan」にする

会場、行政、大学、企業、ホテル、交通、イベント会社を一つのチームとして捉える。

メルボルンの「Team Melbourne」は、日本でも参考になるモデルです。

⑤ イベントを産業政策として考える

MICEは観光政策だけではありません。

例えば、AIを育てたいならAIの国際会議を誘致する。半導体産業を育てたいなら半導体イベントを育てる。ライフサイエンス拠点をつくりたいなら世界的医学会を誘致する。

イベントを**「成長産業に世界の人・知識・資本を集める装置」**として考えることができます。

編集部より

メルボルンのMICE戦略を見ていると、一つの疑問が浮かびます。イベントの成功とは、本当に「何人来たか」だけなのでしょうか。1万人が参加したイベント。3日間ホテルが満室になった。地域に数十億円の経済効果が生まれた。

もちろん、それは大きな成功です。

しかし、そのイベントをきっかけに新しい研究が始まり、企業が生まれ、投資が行われ、社会課題が解決されれば、その価値はさらに大きくなります。

MICEには、「人を集める力」があります。しかし、その本当の価値は、「集まった人たちから、何が生まれるか」なのかもしれません。

日本には世界的な研究者も、技術も、企業も、地域資源もあります。

それらをイベントという「場」でつなげれば、MICEは単なる観光・イベント産業を超えて、日本のイノベーションを生み出す社会インフラになれるはずです。

メルボルンが示しているのは、「イベントを成功させる都市」から、「イベントによって未来をつくる都市」へ。という、MICEの次のステージなのではないでしょうか。