本連載は、企業のイベント担当者となった主人公・相原美咲が、数々の失敗や出会いを通じて成長していくビジネス小説です。登場する企業・人物・出来事はフィクションですが、イベントの現場で起こり得る課題をもとに構成しています。


MICE Joyで準備に必要なタスクが見えるようになると、次の問題もはっきりした。

会場。

運営スタッフ。

司会者。

映像、音響、照明。

オープニング映像の制作。

ステージと会場装飾。

料理とドリンク。

記念品。

やるべきことは分かった。

しかし、その仕事をどこに頼めばよいのかが分からない。

相原美咲はパソコンの前で、手配先が決まっていないタスクを見つめていた。

「タスクは見えるようになったけど、今度は頼む相手を探すだけで一日が終わりそう……」

情報システム部の佐伯が、美咲の画面をのぞき込んだ。

「全部、自分で検索するつもり?」

「ほかに方法ある?」

「MICEマッチとMICEコンシェルジュを使い分けたら?」

「二つ使うの?」

「自分で比較して選びたい手配はMICEマッチ。それ以外の細かい手配や、複数業者との調整はMICEコンシェルジュに相談すればいい」

美咲は、新しい二つのページを開いた。


自分で選ぶ手配と、相談する手配

MICEマッチで探せるのは、会場、運営スタッフ、司会者や著名人などのキャストだった。

条件を入力し、候補を比較しながら、自分で手配先を選ぶことができる。

一方、MICEコンシェルジュサービスでは、イベントの概要や希望を一度伝えると、必要な会場、人材、機材、制作、ケータリングなどについて、条件に合うパートナーの提案から見積取得、調整、発注まで相談できる。

「今回はどう分けるのがいいんだろう」

美咲は佐伯に尋ねた。

「青嶺テクノとして比較して選びたいものは、MICEマッチを使う。どこへ頼めばいいか分からないものや、複数の業者をまとめて調整したいものは、コンシェルジュに相談する。そんな分け方でいいんじゃない?」

美咲は手配方法を整理した。

MICEマッチで探すもの

  • 会場
  • 受付・案内・誘導を行う運営スタッフ
  • 記念式典の司会者

MICEコンシェルジュへ相談するもの

  • 映像・音響・照明機材
  • テクニカルスタッフ
  • オープニング映像の制作
  • ステージと会場装飾
  • ケータリング
  • 記念品や各種制作物

すべてを自分で探す必要はない。

一方で、すべてを誰かに丸投げするわけでもない。

自分で選ぶ部分と、プロに相談する部分を分ける。

その考え方だけで、美咲の頭の中は少し整理された。


一番安い会社で、本当にいいのか

美咲はまず、MICEスタッフィングで当日の運営スタッフを探した。

参加者200人。

受付、クローク、会場内誘導、表彰者の案内、懇親会への転換誘導。

必要な業務を入力し、複数社へ見積もりを依頼した。

数日後、三社から回答が届いた。

  • A社:62万円
  • B社:78万円
  • C社:95万円

一番安いA社と、最も高いC社では33万円の差がある。

「A社でいいんじゃない?」

総務部長の小野寺が言った。

「受付や誘導をしてもらうことは同じなんだろ?」

「大きな業務項目は同じです」

美咲も最初は、A社を選ぼうと思っていた。

周年イベントの予算は800万円。映像やステージ、料理、記念品にも費用がかかる。

削減できるところは、できるだけ削減したい。

美咲は比較表の金額欄に丸をつけた。

そのとき、上司の高橋が声をかけた。

「スタッフの人数も同じ?」

「確認します」

見積書を見直すと、A社は8人、B社は10人、C社は11人だった。

「勤務時間は?」

A社の見積もりには、17時30分から20時30分と書かれていた。

しかし、受付開始は17時30分である。

スタッフがその時間に到着しても、配置確認や受付方法の説明をする時間がない。

一方、B社とC社は、15時からの事前ミーティングとリハーサルへの参加を含んでいた。

「当日の指示を出す責任者は?」

A社の見積もりには、運営ディレクターの記載がない。

各スタッフへの指示は、主催者側が出す前提だった。

「つまりA社を選ぶと、美咲がスタッフ全員に指示を出すことになるのか」

高橋に言われ、美咲は当日の光景を想像した。

社長や来賓に対応しながら、受付スタッフに指示を出す。

表彰者を控室へ案内し、会場内の誘導状況を確認し、トラブルが起きれば現場へ走る。

できる気がしなかった。


「含まれていないもの」を探す

美咲は、見積金額だけでなく、条件を一つずつ確認した。

A社の62万円には、運営ディレクター、事前打ち合わせ、リハーサル対応、交通費、延長料金が含まれていなかった。

必要な項目を追加すると、金額は次のようになった。

  • スタッフ追加:8万円
  • 運営ディレクター:12万円
  • 事前打ち合わせ:3万円
  • 交通費:実費
  • 時間延長:30分ごとに追加料金

合計すると、A社は少なくとも85万円程度になる。

最初から必要な対応が含まれているB社の78万円より、高くなる可能性があった。

「安いと思った見積もりが、一番安いとは限らないんだ」

美咲は比較表を作り直した。

比較項目A社B社C社
当初見積金額62万円78万円95万円
スタッフ人数8人10人11人
運営責任者含まれない含まれる含まれる
事前打ち合わせ別料金含まれる含まれる
リハーサル対応含まれない含まれる含まれる
交通費別途含まれる含まれる
企業イベント実績少ない豊富豊富
緊急時の増員要確認対応可能対応可能

表にすると、三社の違いが見えてきた。

見積金額は、同じ条件に対する価格ではない。

各社が想定している仕事の範囲が、そもそも違っていたのだ。


値段では見えない「対応力」

美咲はMICEスタッフィングを通じ、三社と打ち合わせを行った。

A社は、依頼された人数を手配することには慣れていた。しかし、周年イベントの経験は少なく、細かな進行管理は主催者側で行ってほしいという。

C社は、大規模イベントの実績が豊富で、予備スタッフまで含む手厚い提案だった。

安心感はあるが、200人規模の今回のイベントには、やや過剰な体制にも見えた。

B社の担当者は、美咲の説明を聞いたあと、質問を重ねた。

「来賓と一般社員で、受付を分けますか?」

「表彰者は、どのタイミングで控室へ誘導しますか?」

「車いすを利用される参加者はいらっしゃいますか?」

「式典から懇親会へ転換する間、参加者にはどこでお待ちいただきますか?」

美咲がまだ具体的に考えていなかった点ばかりだった。

B社は、単に10人を派遣するのではない。

イベント全体の流れを考え、必要な配置と役割を組み立てようとしていた。

「運営スタッフ10人」という数字の裏側に、経験と判断力がある。

その価値は、見積書の合計金額だけでは分からなかった。


一度の相談で、必要なものが増えた

運営スタッフと司会者は、MICEマッチ(スタッフィング、キャスティング)で候補を絞ることができた。

しかし、映像、音響、照明、ステージ、装飾、ケータリングになると、美咲には何を基準に会社を選べばよいのか分からなかった。

そこで美咲は、MICEコンシェルジュサービスへ相談した。

担当コンシェルジュとのオンライン打ち合わせで、美咲は周年イベントの概要を説明した。

参加者200人。

記念式典と懇親会の二部構成。

社史映像の上映、永年勤続者表彰、社長による今後のビジョン発表。

予算は800万円。

「現在、どこまで手配が決まっていますか?」

「会場と運営スタッフ、司会者は候補を絞っています。映像、音響、照明、ステージ、装飾、ケータリングは、まだです」

「当日の撮影は必要ですか?」

「記録写真は残したいです」

「表彰者が登壇するときに、名前や勤続年数をスクリーンへ表示しますか?」

美咲は答えに詰まった。

そこまで考えていなかった。

「懇親会では、歓談中心でしょうか。ステージでの余興や社員参加型の企画はありますか?」

「社員同士の交流を増やしたいので、何か企画を入れたいと思っています」

「そうしますと、料理の配置や音響設備、司会者の進行、スタッフの動きも含めて考える必要があります」

相談を始める前、美咲は「映像会社とケータリング会社を紹介してもらう」つもりだった。

しかし、話していくうちに、必要な手配が互いにつながっていることに気づいた。

映像を上映するなら、スクリーンとプロジェクターだけでは足りない。

素材を切り替える担当者が必要で、登壇者の音声を会場へ届ける音響設備も必要になる。

表彰者が歩く位置によって、ステージの広さや照明の当て方も変わる。

懇親会で交流を促すなら、料理を置く場所やテーブルの配置も重要になる。

「機材を一つずつ頼めばいいわけじゃないんですね」

「はい。個別には問題がなくても、組み合わせたときに合わないことがあります。イベント全体を見ながら手配することが大切です」


ケータリングの見積もりにもあった違い

数日後、コンシェルジュから、映像・音響・照明とケータリングの候補が整理されて届いた。

ケータリングは二つのプランが提示されていた。

一社は、一人あたり6,000円。

もう一社は、一人あたり7,000円。

200人分なら、差額は20万円になる。

金額だけを見れば、6,000円のプランが有利だった。

しかし、コンシェルジュが整理した比較表を見ると、6,000円の見積もりには、ドリンク、サービススタッフ、テーブルクロス、食器回収、ゴミ処理が含まれていなかった。

追加項目をすべて入れると、一人あたりの金額は7,400円を超える。

一方、7,000円のプランには、料理とドリンクだけでなく、サービススタッフと設営・撤収まで含まれていた。

食物アレルギーへの個別対応も可能だった。

「料理の価格を比較しているつもりだったけど、実際には提供から片づけまで含めたサービスを比較しないといけないんだ」

美咲は、以前なら最初の金額だけを見て、安い会社を選んでいたかもしれないと思った。


一つの窓口が、調整の手間を減らす

美咲は、映像会社、音響会社、照明会社、装飾会社、ケータリング会社と、それぞれ個別に打ち合わせるつもりだった。

しかし、コンシェルジュから提示された進行案では、関連する確認事項がまとめられていた。

ステージの大きさ。

スクリーンの位置。

映像・音響機材の搬入時間。

照明を設置する場所。

料理を並べ始める時刻。

式典から懇親会へ切り替えるために必要な時間。

美咲は一つの窓口へ希望を伝え、コンシェルジュが各社と条件を確認する。

何社にも同じ説明を繰り返す必要がない。

業者ごとに異なる見積書も、比較しやすい形に整理されている。

「今まで、手配とは会社を探すことだと思ってた」

美咲は佐伯に言った。

「違った?」

「探したあとに、見積もりをそろえて、条件を確認して、日程を調整して、発注する。そのほうがずっと大変だった」

「だから、そこをまとめて相談するんでしょ」

「最初から知ってたみたいに言わないでよ」

美咲は笑った。

MICEマッチで、自分たちの条件に合う会場、人材、キャストを比較して選ぶ。

それ以外の専門的な手配や、複数会社にまたがる調整は、MICEコンシェルジュへ相談する。

二つを組み合わせることで、必要な手配が一つずつ埋まっていった。


予算を守るとは、安い会社を選ぶことではない

翌週、美咲は高橋と小野寺に、手配先の選定結果を報告した。

「運営スタッフはB社にお願いしたいと考えています」

「一番安い会社ではないんだね」

小野寺が比較表を見る。

「はい。ただ、必要な項目をそろえて比較すると、B社が最も妥当です。企業の周年イベント経験もあり、運営責任者と事前リハーサルも含まれています」

「A社に頼んで、足りない部分だけ社内で対応する方法は?」

以前の美咲なら、「私が何とかします」と答えていたかもしれない。

だが、今は違う。

「請求金額だけなら下げられます。ただ、その分、私たちが当日の運営に入り、社長や来賓、表彰者への対応が手薄になります。追加費用や、トラブルがイベント全体に与える影響まで考える必要があります」

高橋が静かにうなずいた。

「安く買うことと、予算を守ることは違うということか」

「はい。必要な仕事を漏れなく実施し、想定外の追加費用や失敗を防ぐことまで含めて、予算管理だと思います」

小野寺はもう一度比較表を見た。

「分かった。B社で進めよう」

映像・音響・照明とケータリングについても、コンシェルジュが整理した内容をもとに承認が下りた。

美咲は、MICEマッチで選んだ手配先への発注を進め、コンシェルジュにも残りの手配を正式に依頼した。


発注したら、仕事は終わり?

会場。

運営スタッフ。

司会者。

映像、音響、照明。

ステージと装飾。

ケータリング。

必要な手配先が、一つずつ決まっていった。

発注情報はMICE JoyのWBS(タスク管理表)に反映され、関連するタスクへ手配先、期限、見積書、担当窓口を紐づけていく。

誰に依頼したのか。

何を、どこまでお願いしたのか。

納品や確認の期限はいつか。

見積書や関連資料はどこにあるのか。

これまでメールやフォルダに散らばっていた情報が、一つのプロジェクトに集まり始めた。

「これで手配は、だいたい終わりました」

美咲が言うと、高橋が首を横に振った。

「契約しただけで、当日ちゃんと動いてくれるわけじゃないだろ」

「それは、そうですけど……」

「会場、運営スタッフ、映像会社、ケータリング会社。それぞれが自分の仕事だけをしていたら、イベントは成立するのかな」

美咲は答えられなかった。

すべての手配先は決まった。

だが、各社はまだ、ほかの会社が何をするのかを知らない。

会場担当者は、映像会社がどれだけの機材を搬入するのか知らない。

映像会社は、表彰者がどこから登壇するのか知らない。

ケータリング会社は、式典が予定どおり終わる保証がない。

運営スタッフは、司会者の進行台本をまだ見ていない。

発注はゴールではない。

イベントを一緒につくるメンバーが、ようやくそろっただけなのだ。


次回予告

Vol.10「発注先は、まだチームではない」

MICEマッチとMICEコンシェルジュを組み合わせ、必要な手配を完了させた美咲。

しかし、会場、運営スタッフ、映像・音響、司会、ケータリングが、それぞれ別の計画で動けば、イベントは一つにつながらない。

美咲は、社外パートナーを集めた初めての全体会議を開く。

そこで明らかになったのは、搬入時間、電源、進行、料理提供のタイミング――各社の計画が、互いに食い違っているという事実だった。