【イベント担当になりまして。】Vol.9 見積もりは、金額だけで選べない
本連載は、企業のイベント担当者となった主人公・相原美咲が、数々の失敗や出会いを通じて成長していくビジネス小説です。登場する企業・人物・出来事はフィクションですが、イベントの現場で起こり得る課題をもとに構成しています。
MICE Joyで準備に必要なタスクが見えるようになると、次の問題もはっきりした。
会場。
運営スタッフ。
司会者。
映像、音響、照明。
オープニング映像の制作。
ステージと会場装飾。
料理とドリンク。
記念品。
やるべきことは分かった。
しかし、その仕事をどこに頼めばよいのかが分からない。
相原美咲はパソコンの前で、手配先が決まっていないタスクを見つめていた。
「タスクは見えるようになったけど、今度は頼む相手を探すだけで一日が終わりそう……」
情報システム部の佐伯が、美咲の画面をのぞき込んだ。
「全部、自分で検索するつもり?」
「ほかに方法ある?」
「MICEマッチとMICEコンシェルジュを使い分けたら?」
「二つ使うの?」
「自分で比較して選びたい手配はMICEマッチ。それ以外の細かい手配や、複数業者との調整はMICEコンシェルジュに相談すればいい」
美咲は、新しい二つのページを開いた。
自分で選ぶ手配と、相談する手配
MICEマッチで探せるのは、会場、運営スタッフ、司会者や著名人などのキャストだった。
条件を入力し、候補を比較しながら、自分で手配先を選ぶことができる。
一方、MICEコンシェルジュサービスでは、イベントの概要や希望を一度伝えると、必要な会場、人材、機材、制作、ケータリングなどについて、条件に合うパートナーの提案から見積取得、調整、発注まで相談できる。
「今回はどう分けるのがいいんだろう」
美咲は佐伯に尋ねた。
「青嶺テクノとして比較して選びたいものは、MICEマッチを使う。どこへ頼めばいいか分からないものや、複数の業者をまとめて調整したいものは、コンシェルジュに相談する。そんな分け方でいいんじゃない?」
美咲は手配方法を整理した。
MICEマッチで探すもの
- 会場
- 受付・案内・誘導を行う運営スタッフ
- 記念式典の司会者
MICEコンシェルジュへ相談するもの
- 映像・音響・照明機材
- テクニカルスタッフ
- オープニング映像の制作
- ステージと会場装飾
- ケータリング
- 記念品や各種制作物
すべてを自分で探す必要はない。
一方で、すべてを誰かに丸投げするわけでもない。
自分で選ぶ部分と、プロに相談する部分を分ける。
その考え方だけで、美咲の頭の中は少し整理された。

一番安い会社で、本当にいいのか
美咲はまず、MICEスタッフィングで当日の運営スタッフを探した。
参加者200人。
受付、クローク、会場内誘導、表彰者の案内、懇親会への転換誘導。
必要な業務を入力し、複数社へ見積もりを依頼した。
数日後、三社から回答が届いた。
- A社:62万円
- B社:78万円
- C社:95万円
一番安いA社と、最も高いC社では33万円の差がある。
「A社でいいんじゃない?」
総務部長の小野寺が言った。
「受付や誘導をしてもらうことは同じなんだろ?」
「大きな業務項目は同じです」
美咲も最初は、A社を選ぼうと思っていた。
周年イベントの予算は800万円。映像やステージ、料理、記念品にも費用がかかる。
削減できるところは、できるだけ削減したい。
美咲は比較表の金額欄に丸をつけた。
そのとき、上司の高橋が声をかけた。
「スタッフの人数も同じ?」
「確認します」
見積書を見直すと、A社は8人、B社は10人、C社は11人だった。
「勤務時間は?」
A社の見積もりには、17時30分から20時30分と書かれていた。
しかし、受付開始は17時30分である。
スタッフがその時間に到着しても、配置確認や受付方法の説明をする時間がない。
一方、B社とC社は、15時からの事前ミーティングとリハーサルへの参加を含んでいた。
「当日の指示を出す責任者は?」
A社の見積もりには、運営ディレクターの記載がない。
各スタッフへの指示は、主催者側が出す前提だった。
「つまりA社を選ぶと、美咲がスタッフ全員に指示を出すことになるのか」
高橋に言われ、美咲は当日の光景を想像した。
社長や来賓に対応しながら、受付スタッフに指示を出す。
表彰者を控室へ案内し、会場内の誘導状況を確認し、トラブルが起きれば現場へ走る。
できる気がしなかった。
「含まれていないもの」を探す
美咲は、見積金額だけでなく、条件を一つずつ確認した。
A社の62万円には、運営ディレクター、事前打ち合わせ、リハーサル対応、交通費、延長料金が含まれていなかった。
必要な項目を追加すると、金額は次のようになった。
- スタッフ追加:8万円
- 運営ディレクター:12万円
- 事前打ち合わせ:3万円
- 交通費:実費
- 時間延長:30分ごとに追加料金
合計すると、A社は少なくとも85万円程度になる。
最初から必要な対応が含まれているB社の78万円より、高くなる可能性があった。
「安いと思った見積もりが、一番安いとは限らないんだ」
美咲は比較表を作り直した。
| 比較項目 | A社 | B社 | C社 |
|---|---|---|---|
| 当初見積金額 | 62万円 | 78万円 | 95万円 |
| スタッフ人数 | 8人 | 10人 | 11人 |
| 運営責任者 | 含まれない | 含まれる | 含まれる |
| 事前打ち合わせ | 別料金 | 含まれる | 含まれる |
| リハーサル対応 | 含まれない | 含まれる | 含まれる |
| 交通費 | 別途 | 含まれる | 含まれる |
| 企業イベント実績 | 少ない | 豊富 | 豊富 |
| 緊急時の増員 | 要確認 | 対応可能 | 対応可能 |
表にすると、三社の違いが見えてきた。
見積金額は、同じ条件に対する価格ではない。
各社が想定している仕事の範囲が、そもそも違っていたのだ。

値段では見えない「対応力」
美咲はMICEスタッフィングを通じ、三社と打ち合わせを行った。
A社は、依頼された人数を手配することには慣れていた。しかし、周年イベントの経験は少なく、細かな進行管理は主催者側で行ってほしいという。
C社は、大規模イベントの実績が豊富で、予備スタッフまで含む手厚い提案だった。
安心感はあるが、200人規模の今回のイベントには、やや過剰な体制にも見えた。
B社の担当者は、美咲の説明を聞いたあと、質問を重ねた。
「来賓と一般社員で、受付を分けますか?」
「表彰者は、どのタイミングで控室へ誘導しますか?」
「車いすを利用される参加者はいらっしゃいますか?」
「式典から懇親会へ転換する間、参加者にはどこでお待ちいただきますか?」
美咲がまだ具体的に考えていなかった点ばかりだった。
B社は、単に10人を派遣するのではない。
イベント全体の流れを考え、必要な配置と役割を組み立てようとしていた。
「運営スタッフ10人」という数字の裏側に、経験と判断力がある。
その価値は、見積書の合計金額だけでは分からなかった。
一度の相談で、必要なものが増えた
運営スタッフと司会者は、MICEマッチ(スタッフィング、キャスティング)で候補を絞ることができた。
しかし、映像、音響、照明、ステージ、装飾、ケータリングになると、美咲には何を基準に会社を選べばよいのか分からなかった。
そこで美咲は、MICEコンシェルジュサービスへ相談した。
担当コンシェルジュとのオンライン打ち合わせで、美咲は周年イベントの概要を説明した。
参加者200人。
記念式典と懇親会の二部構成。
社史映像の上映、永年勤続者表彰、社長による今後のビジョン発表。
予算は800万円。
「現在、どこまで手配が決まっていますか?」
「会場と運営スタッフ、司会者は候補を絞っています。映像、音響、照明、ステージ、装飾、ケータリングは、まだです」
「当日の撮影は必要ですか?」
「記録写真は残したいです」
「表彰者が登壇するときに、名前や勤続年数をスクリーンへ表示しますか?」
美咲は答えに詰まった。
そこまで考えていなかった。
「懇親会では、歓談中心でしょうか。ステージでの余興や社員参加型の企画はありますか?」
「社員同士の交流を増やしたいので、何か企画を入れたいと思っています」
「そうしますと、料理の配置や音響設備、司会者の進行、スタッフの動きも含めて考える必要があります」
相談を始める前、美咲は「映像会社とケータリング会社を紹介してもらう」つもりだった。
しかし、話していくうちに、必要な手配が互いにつながっていることに気づいた。
映像を上映するなら、スクリーンとプロジェクターだけでは足りない。
素材を切り替える担当者が必要で、登壇者の音声を会場へ届ける音響設備も必要になる。
表彰者が歩く位置によって、ステージの広さや照明の当て方も変わる。
懇親会で交流を促すなら、料理を置く場所やテーブルの配置も重要になる。
「機材を一つずつ頼めばいいわけじゃないんですね」
「はい。個別には問題がなくても、組み合わせたときに合わないことがあります。イベント全体を見ながら手配することが大切です」
ケータリングの見積もりにもあった違い
数日後、コンシェルジュから、映像・音響・照明とケータリングの候補が整理されて届いた。
ケータリングは二つのプランが提示されていた。
一社は、一人あたり6,000円。
もう一社は、一人あたり7,000円。
200人分なら、差額は20万円になる。
金額だけを見れば、6,000円のプランが有利だった。
しかし、コンシェルジュが整理した比較表を見ると、6,000円の見積もりには、ドリンク、サービススタッフ、テーブルクロス、食器回収、ゴミ処理が含まれていなかった。
追加項目をすべて入れると、一人あたりの金額は7,400円を超える。
一方、7,000円のプランには、料理とドリンクだけでなく、サービススタッフと設営・撤収まで含まれていた。
食物アレルギーへの個別対応も可能だった。
「料理の価格を比較しているつもりだったけど、実際には提供から片づけまで含めたサービスを比較しないといけないんだ」
美咲は、以前なら最初の金額だけを見て、安い会社を選んでいたかもしれないと思った。
一つの窓口が、調整の手間を減らす
美咲は、映像会社、音響会社、照明会社、装飾会社、ケータリング会社と、それぞれ個別に打ち合わせるつもりだった。
しかし、コンシェルジュから提示された進行案では、関連する確認事項がまとめられていた。
ステージの大きさ。
スクリーンの位置。
映像・音響機材の搬入時間。
照明を設置する場所。
料理を並べ始める時刻。
式典から懇親会へ切り替えるために必要な時間。
美咲は一つの窓口へ希望を伝え、コンシェルジュが各社と条件を確認する。
何社にも同じ説明を繰り返す必要がない。
業者ごとに異なる見積書も、比較しやすい形に整理されている。
「今まで、手配とは会社を探すことだと思ってた」
美咲は佐伯に言った。
「違った?」
「探したあとに、見積もりをそろえて、条件を確認して、日程を調整して、発注する。そのほうがずっと大変だった」
「だから、そこをまとめて相談するんでしょ」
「最初から知ってたみたいに言わないでよ」
美咲は笑った。
MICEマッチで、自分たちの条件に合う会場、人材、キャストを比較して選ぶ。
それ以外の専門的な手配や、複数会社にまたがる調整は、MICEコンシェルジュへ相談する。
二つを組み合わせることで、必要な手配が一つずつ埋まっていった。
予算を守るとは、安い会社を選ぶことではない
翌週、美咲は高橋と小野寺に、手配先の選定結果を報告した。
「運営スタッフはB社にお願いしたいと考えています」
「一番安い会社ではないんだね」
小野寺が比較表を見る。
「はい。ただ、必要な項目をそろえて比較すると、B社が最も妥当です。企業の周年イベント経験もあり、運営責任者と事前リハーサルも含まれています」
「A社に頼んで、足りない部分だけ社内で対応する方法は?」
以前の美咲なら、「私が何とかします」と答えていたかもしれない。
だが、今は違う。
「請求金額だけなら下げられます。ただ、その分、私たちが当日の運営に入り、社長や来賓、表彰者への対応が手薄になります。追加費用や、トラブルがイベント全体に与える影響まで考える必要があります」
高橋が静かにうなずいた。
「安く買うことと、予算を守ることは違うということか」
「はい。必要な仕事を漏れなく実施し、想定外の追加費用や失敗を防ぐことまで含めて、予算管理だと思います」
小野寺はもう一度比較表を見た。
「分かった。B社で進めよう」
映像・音響・照明とケータリングについても、コンシェルジュが整理した内容をもとに承認が下りた。
美咲は、MICEマッチで選んだ手配先への発注を進め、コンシェルジュにも残りの手配を正式に依頼した。
発注したら、仕事は終わり?
会場。
運営スタッフ。
司会者。
映像、音響、照明。
ステージと装飾。
ケータリング。
必要な手配先が、一つずつ決まっていった。
発注情報はMICE JoyのWBS(タスク管理表)に反映され、関連するタスクへ手配先、期限、見積書、担当窓口を紐づけていく。
誰に依頼したのか。
何を、どこまでお願いしたのか。
納品や確認の期限はいつか。
見積書や関連資料はどこにあるのか。
これまでメールやフォルダに散らばっていた情報が、一つのプロジェクトに集まり始めた。
「これで手配は、だいたい終わりました」
美咲が言うと、高橋が首を横に振った。
「契約しただけで、当日ちゃんと動いてくれるわけじゃないだろ」
「それは、そうですけど……」
「会場、運営スタッフ、映像会社、ケータリング会社。それぞれが自分の仕事だけをしていたら、イベントは成立するのかな」
美咲は答えられなかった。
すべての手配先は決まった。
だが、各社はまだ、ほかの会社が何をするのかを知らない。
会場担当者は、映像会社がどれだけの機材を搬入するのか知らない。
映像会社は、表彰者がどこから登壇するのか知らない。
ケータリング会社は、式典が予定どおり終わる保証がない。
運営スタッフは、司会者の進行台本をまだ見ていない。
発注はゴールではない。
イベントを一緒につくるメンバーが、ようやくそろっただけなのだ。
次回予告
Vol.10「発注先は、まだチームではない」
MICEマッチとMICEコンシェルジュを組み合わせ、必要な手配を完了させた美咲。
しかし、会場、運営スタッフ、映像・音響、司会、ケータリングが、それぞれ別の計画で動けば、イベントは一つにつながらない。
美咲は、社外パートナーを集めた初めての全体会議を開く。
そこで明らかになったのは、搬入時間、電源、進行、料理提供のタイミング――各社の計画が、互いに食い違っているという事実だった。







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