突然、会社のイベント担当を任された、ごく普通の会社員・相原美咲。

経験もノウハウもないまま、Excel、メール、電話を頼りに準備を始めますが、会場予約の期限切れ、増え続ける修正、関係者との認識違い、そして本番直前のトラブル――。イベントの規模が大きくなるほど、彼女の前には新たな課題が立ちはだかります。

30人の小さな歓迎会から、日本最大級のコーポレートイベントへ。

『イベント担当になりまして。』は、一人の会社員がイベントとともに成長していく姿を描く、BizMICEの連載ビジネス小説です。

※本作品はフィクションです。登場する人物、企業、団体および出来事は架空のものであり、実在するものとは関係ありません。

前回までのあらすじ

中堅メーカーの総務部で働く相原美咲、29歳。

初めて任された新入社員歓迎会で、会場の仮予約期限を見落とした美咲は、50件もの会場へ電話をかけ、何とか新しい会場を確保した。

しかし、前年の当初見積額68万円に対し、最終請求額は98万円。参加人数の増加や利用時間の延長、機材の追加など、細かな変更が積み重なった結果だった。

美咲は予備費を含めた予算管理表を作成し、ようやく今年の予算を確保する。

だが、その日の夕方、社長から新たな要望が届いた。

「新入社員一人ひとりの個性が分かる紹介映像を上映したい」

「当日は、新入社員全員に一言ずつ話してもらいたい」

歓迎会まで、あと12日。

進行表は、再び大きく書き換えられることになった。


三つの「最新版」

美咲のデスクトップには、三つの進行表が並んでいた。

「歓迎会進行表」
「歓迎会進行表_修正」
「歓迎会進行表_最新版」

さらに、メールには高橋部長がコメントを書き込んだ別の進行表が添付されている。

美咲は一つずつ開いた。

最初のファイルでは、歓迎会の開始時刻は18時30分。

「修正」と書かれたファイルでは18時45分。

「最新版」では、社長の挨拶が乾杯の前に入っている。

高橋が送ってきたファイルでは、社長挨拶は新入社員紹介の後だった。

「どれが本当に最新版なの……?」

作成日時を見ると、「最新版」より高橋のメールに添付されたファイルの方が新しい。

しかし、その後、美咲は自分のデスクトップにある「最新版」へ、社長から追加された紹介映像の時間を入力していた。

つまり、作成日時が最も新しいファイルが、内容まで最も新しいとは限らない。

美咲は四つのファイルを横に並べ、違いを確認し始めた。

社長挨拶の位置。
乾杯の担当者。
新入社員紹介の時間。
歓談時間。
映像上映のタイミング。
閉会挨拶の担当者。

少しずつ内容が違っている。

しかも、どの変更が正式に決まったものなのか記録がない。

高橋との会話で決まった内容。

役員秘書からメールで届いた要望。

人事部との社内チャットで変更された人数。

自分の記憶を頼りに、一つずつ拾い集めるしかなかった。


司会者が見ていた進行表

今回の司会は、営業部の中村が担当することになっていた。

中村は社内行事の司会経験があり、話し方も明るい。美咲にとっては、頼りになる存在だった。

「相原さん、少しいい?」

中村がプリントアウトした進行表を持って、美咲の席へやってきた。

「新入社員紹介のところなんだけど、一人30秒で30人だよね。登壇と降壇を入れたら、15分じゃ収まらないと思う」

美咲は自分の進行表を確認した。

新入社員紹介には、25分を確保している。

「25分でお願いしていたと思います」

「そうなの? 僕がもらった進行表には15分って書いてあるけど」

中村が持っていたのは、3日前に美咲がメールで送ったファイルだった。

その後、社長の要望を受け、美咲は進行表を修正した。しかし、新しいファイルを中村には送っていなかった。

「すみません。変更版をまだ共有できていませんでした」

「ほかにも変わってる?」

「社長挨拶の位置と、紹介映像の上映が追加になっています」

中村は進行表を見つめた。

「それ、司会台本も全部変わるよね」

美咲の胸がざわついた。

確かに、進行表を変更すれば、司会台本も変更しなければならない。

しかし、美咲は進行表を直すことだけに集中し、司会台本まで手が回っていなかった。

「今日中に修正版を送ります」

「お願い。できれば、次から変更した箇所も教えてくれると助かる。ファイルだけ送られても、前とどこが違うのか分からないから」

中村の言葉に、美咲はうなずいた。

新しいファイルを送るだけでは、共有したことにならない。

受け取った人が変更点を理解して、初めて共有は完了するのだ。


会場担当者は18時30分だと思っていた

その日の午後、会場担当者から電話がかかってきた。

「当日の進行について、確認させてください。18時30分の開会後、18時35分から乾杯という流れでよろしいでしょうか」

美咲は自分の進行表を見た。

「開会は18時45分です。社長の到着に合わせて変更しました」

電話口で、短い沈黙があった。

「申し訳ございません。弊社で受け取っている進行表では、18時30分開始となっております」

美咲は送信済みメールを検索した。

会場へ最後に進行表を送ったのは、5日前。

それ以降、開始時刻を変更したことは伝えていなかった。

「開始が15分遅くなると、終了時刻も変更になりますでしょうか」

「はい。終了は20時45分の予定です」

「現在のご契約は20時30分までとなっております。15分延長する場合、延長料金が発生する可能性がございます」

また追加費用だ。

「確認します」と答えて電話を切った美咲は、額に手を当てた。

開始時刻を変える。

それだけの変更だと思っていた。

だが、開始時刻が変われば、料理を出す時間が変わる。

スタッフの勤務時間が変わる。

会場の利用時間が変わる。

司会台本も変わる。

一つの変更が、いくつもの業務に影響する。

そして、その影響を受ける人たちへ伝えなければ、変更は存在しないのと同じだった。


赤、青、黄色の進行表

美咲は最新の情報を一つのファイルへ集め直した。

ファイル名は、「歓迎会進行表_確定版」。

しかし、保存ボタンを押す直前で手が止まった。

この先、変更が一度も発生しないとは思えない。

「確定版」という名前を付けても、明日には変わるかもしれない。

美咲はファイル名を書き換えた。

「歓迎会進行表_v5_0418」

5回目の更新。4月18日時点の版。

ファイルの最上部には、更新日と作成者を記載した。

さらに、変更箇所を色分けした。

赤は今回の変更箇所。

青は確認が完了した項目。

黄色は、まだ決まっていない項目。

変更履歴のシートも追加した。

「4月16日 開始時刻を18時30分から18時45分へ変更」
「4月17日 紹介映像を追加」
「4月18日 新入社員紹介を15分から25分へ変更」

変更理由と、誰の判断で変更したのかも記載した。

そして、関係者へ同じメールを送った。

宛先は、高橋部長、人事部、役員秘書、司会の中村、会場担当者。

進行表を更新しました。
今後はこちらのファイルを基準としてください。
主な変更点は、開始時刻、紹介映像の追加、新入社員紹介時間の延長です。
古い進行表は使用しないようお願いいたします。

送信後、美咲は共有フォルダに「旧版」というフォルダを作り、それまでの進行表を移動した。

最新のファイルは、一つだけ。

誰が見ても分かる場所に置いた。

これで大丈夫。

そう思った数分後、高橋から返信が届いた。

社長の挨拶ですが、乾杯前ではなく、新入社員紹介の後に変更してください。

美咲は画面を見つめた。

「また変わるんですか……」

せっかく「最新版」を一つにまとめたばかりなのに、もう次の版が必要になった。

ため息をつきながらも、美咲はファイルを開いた。

「v6」

数字を一つ増やす。

以前なら、元のファイルへそのまま上書きしていただろう。

しかし今回は、変更履歴を残し、関係者への連絡先も確認した。

同じ混乱を繰り返さないために、美咲なりのルールを作り始めていた。


変更は、伝わるまで終わらない

歓迎会まで、あと5日。

美咲は会場で、司会の中村と最初の進行確認を行った。

会場担当者、音響担当者、映像担当者も同じテーブルを囲んでいる。

全員の手元にあるのは、「v6」の進行表だった。

「18時45分開会。社長挨拶は新入社員紹介の後。紹介映像はその直前で間違いないですね」

美咲が確認すると、それぞれがうなずいた。

初めて、全員が同じ進行表を見ている。

それだけのことなのに、美咲は少し安心した。

中村が進行表を指さした。

「映像が終わったら、僕が新入社員紹介の案内をして、一人ずつ登壇してもらう流れですね」

「はい。登壇する順番は人事部から今日中にもらいます」

「台本はいつ確定しますか?」

「明日までに修正版を送ります。変更箇所も一緒に共有します」

美咲は迷わず答えた。

少し前まで、いつ何を決めればいいのかさえ分からなかった。

今は、分からないことを分からないままにせず、期限と担当者を確認するようになっていた。

会場予約を失い、50本の電話をかけ、予算の差額に驚き、複数の最新版に振り回された。

失敗するたびに、次はどうすればよいかを考えた。

完璧には程遠い。

それでも、確実に前へ進んでいる。


本番前日のメッセージ

歓迎会前日の午後8時。

美咲は、ようやく司会台本の最終確認を終えた。

ファイル名は「司会台本_v8_0424」。

進行表と台本の時刻が一致していることを確認し、関係者へ送信する。

中村から、すぐに返信が届いた。

確認しました。明日は17時30分に会場へ入ります。よろしくお願いします!

美咲は、ほっと息を吐いた。

会場もある。

予算も確保した。

進行表も、司会台本もそろった。

紹介映像のデータも受け取っている。

新入社員の登壇順も決まった。

あとは、本番を迎えるだけだ。

美咲は明日の集合時間を、もう一度確認した。

17時30分、司会の中村が到着。

17時40分、音響・映像確認。

18時00分、全体リハーサル。

18時15分、受付開始。

18時45分、開会。

念のため、中村へ集合場所の地図を送った。

準備に抜けはない。

少なくとも、美咲はそう思っていた。


翌日、午後6時40分。

開会まで、あと5分。

会場には50人を超える参加者が集まり、受付前には列ができていた。

社長もすでに到着している。

しかし、司会台の前に立つはずの中村の姿がない。

美咲は何度もスマートフォンへ電話をかけた。

呼び出し音は鳴る。

だが、中村は出ない。

午後6時42分。

開会まで、あと3分。

会場担当者が、美咲のもとへ駆け寄ってきた。

「相原様、司会者の方はまだでしょうか?」

美咲は入口を見た。

誰も入ってこない。

完璧だと思っていた進行表の一番上には、こう書かれている。

18時45分 司会者登壇・開会挨拶。

その司会者が、いない。


今回の舞台裏から学ぶこと

「最新版」というファイル名だけでは管理できない

資料へ「最新版」「確定版」と付けても、その後に変更が発生すれば、どれが正しいファイルか分からなくなります。

ファイル名には、次の情報を含めると管理しやすくなります。

  • 資料名
  • バージョン番号
  • 更新日
  • 必要に応じて作成者名

例:歓迎会進行表_v6_0420

古いファイルは削除せず、「旧版」フォルダなどへ移し、現在使用するファイルを一つに絞りましょう。

変更内容と影響範囲を確認する

開始時刻を変更すると、司会台本だけでなく、料理、スタッフ、機材、会場利用時間などにも影響する可能性があります。

変更が決まったら、次の点を確認します。

  • どの資料を修正するか
  • どの担当者に影響するか
  • 追加費用が発生するか
  • 関係者への連絡が完了しているか
  • 相手が変更内容を確認したか

共有は「送信」で終わらない

資料をメールやチャットで送るだけでは、情報共有が完了したとはいえません。

相手が最新の資料を受け取り、変更点を理解し、自分の業務へ反映できているかまで確認することが大切です。


美咲が今回学んだこと

変更は、ファイルを直したときではなく、
関係する全員へ伝わったときに、初めて完了する。


次回予告

Vol.5 本番5分前、司会者が来ない

開会まで、あと5分。

司会を任せていた中村は会場に現れず、電話にも出ない。参加者は着席し、社長も開会を待っている。

進行表には、司会者の名前が書かれている。

しかし、その役割を代わりに担える人は決めていなかった。

代役を立てるのか。開始を遅らせるのか。それとも、自分が司会台に立つのか。

初めてのイベント本番で、美咲は最初の大きな決断を迫られる。