会場も決まった。運営スタッフも、司会者も、映像・音響・照明も、装飾も、ケータリングも手配した。

必要な会社は、すべてそろったはずだった。

けれど、それだけではイベントは動かない。

それぞれの会社が、自分の担当業務だけを見ているうちは、まだ「ひとつのチーム」ではないからだ。

※本連載は、企業のイベント担当者を主人公にしたフィクションです。登場する企業名・人物名・出来事は架空のものです。

6社がそろった会議

青嶺テクノ創立30周年記念イベントまで、あと二か月半。

月曜日の午前10時、青嶺テクノ本社の大会議室には、いつもとは違う顔ぶれが集まっていた。

会場担当者、運営スタッフ会社、映像・音響会社、装飾会社、ケータリング会社、司会者。

経営企画部からは、美咲と高橋部長。情報システム部からは佐伯が参加している。MICEコンシェルジュの担当者もオンラインで加わった。

美咲は会議室を見渡した。

これだけのプロが集まっていれば、もう安心だ。

つい数週間前まで、どの会社に何を頼めばよいのかさえ分からなかった。それが今は、必要な発注先が一堂に会している。

「本日はお忙しいなか、ありがとうございます」

美咲は少し緊張しながら頭を下げた。

「今日は各社の担当範囲と、今後のスケジュールを確認できればと思います」

配布した資料の表紙には、こう書かれていた。

『青嶺テクノ株式会社 創立30周年記念イベント
全体キックオフミーティング』

資料をめくる音が、会議室に重なった。

美咲は、順調なスタートになると信じていた。

「9時搬入」と書いてありますが

最初に声を上げたのは、映像・音響会社の担当者だった。

「当日は朝9時から機材を搬入する想定で組んでいます。ステージ裏から入れて、午前中に映像と音響の設営を終わらせます」

すると、会場担当者が資料から顔を上げた。

「朝9時は、まだ別の宴席の撤去中ですね。こちらの会場をお貸しできるのは、午前10時からとお伝えしていたと思います」

映像・音響会社の担当者が首をかしげた。

「10時からですか。照明の吊り込みもありますので、それではリハーサルに間に合わない可能性があります」

装飾会社の担当者も口を開いた。

「弊社も9時搬入で聞いています。ステージ造作の前に装飾を入れるのか、映像機材の設置後に入れるのかも、まだ決まっていません」

美咲の手が止まった。

「少々お待ちください。会場からいただいた資料には……」

手元のファイルを探す。

会場利用案内。映像・音響会社の見積書。装飾会社とのメール。運営スタッフ会社の手配確認書。

どの資料にも時間は書いてある。

しかし、書かれている時間が違う。

「搬入口は一か所です」

会場担当者が続けた。

「同じ時間にトラックが集中すると、搬入できません。車両サイズと到着時間も、事前に申請していただく必要があります」

美咲は、急いでメモを取った。

手配は終わったはずなのに、新しい確認事項が次々と増えていく。

誰も間違っていない

続いて、ケータリング会社がサービス開始時間を確認した。

「乾杯が18時40分ですので、料理は18時20分から会場内に並べ始めます」

司会者が進行表に目を落とした。

「18時20分は、社長講演の途中です。サービススタッフが会場内を移動すると、参加者の視線がそちらに向いてしまいませんか」

「ただ、乾杯直前に200名分を一度に並べるのは難しいです」

「料理を置くスペースも、まだレイアウト上で確定していません」

運営スタッフ会社の担当者も加わった。

「受付スタッフは17時集合で伺っていますが、17時30分受付開始なら、事前説明の時間が30分しかありません。VIP対応やクロークの説明もありますので、16時30分には入りたいです」

「スタッフ控室は16時45分からしか使えません」

会場担当者が答える。

今度は、映像・音響会社から質問が飛んだ。

「オープニング映像の最終データは、いついただけますか」

広報部の神谷からは、「開催三日前まで修正する可能性がある」と聞いている。

だが、映像・音響会社は、本番一週間前までの納品を求めていた。

スクリーンの比率、動画の形式、音声の有無、再生するタイミング。

ひとつでも確認が漏れれば、本番で映像が出ない可能性がある。

「それは聞いていませんでした」

「弊社の担当範囲ではないと思っていました」

「前提が違っています」

そんな言葉が、会議室のあちこちから聞こえ始めた。

美咲は背中に汗を感じた。

誰かが無責任なわけではない。どの会社も、それぞれの契約と専門領域に沿って話している。

だからこそ、問題だった。

全員が正しい。

けれど、全体としてはつながっていない。

発注書は、チームをつくらない

休憩に入ると、美咲は高橋部長の隣に座った。

「全部手配できたので、山場は越えたと思っていました」

高橋は、各社の資料が広がったテーブルを見た。

「発注したからといって、相手が自動的にチームになるわけじゃないからな」

「でも、皆さんイベントのプロですよね」

「映像のプロ、音響のプロ、料理のプロ、会場のプロだ。それぞれはな」

高橋は進行表を指で軽くたたいた。

「このイベント全体を知っているのは、誰だ?」

美咲は答えられなかった。

会場担当者は、施設のルールを知っている。

映像・音響会社は、必要な機材と設営時間を知っている。

ケータリング会社は、料理を提供するタイミングを知っている。

司会者は、プログラムの流れを知っている。

だが、全体を一つにつなぎ、どこかを変更したときに何が影響を受けるかを考える人は決まっていなかった。

「私、ですね」

「そういうことだ」

発注先が増えるほど、仕事が減ると思っていた。

実際は逆だった。

会社と会社の間にある隙間を埋めなければならない。

それが、主催者側の仕事だった。

バラバラの予定を、一枚にする

休憩後、美咲は会議の進め方を変えた。

「すみません。各社の説明を順番に聞くのではなく、当日の時間軸に沿って確認させてください」

スクリーンに、当日の全体スケジュールを映し出す。

午前8時から、イベント終了後の午後10時まで。15分単位で区切った表だ。

「まず、誰が何時に会場へ入り、どの場所で何をするのかを、全部ここに置きます」

映像・音響会社の機材搬入。

装飾会社の施工。

受付スタッフの集合とオリエンテーション。

司会者のリハーサル。

社長と役員の動線確認。

料理とドリンクの搬入。

クロークの準備。

来場者受付。

本番。

撤収。

一社ずつ、自社の作業時間を申告してもらう。

すると、午前10時30分に、映像機材と装飾資材の搬入が重なっていることが分かった。

午後2時には、司会者のリハーサルと音響調整が同時に予定されていた。

午後5時30分には、受付開始とケータリングスタッフの搬入動線が交差している。

個別の資料では見えなかった衝突が、一枚の表に並べると次々に現れた。

佐伯が、小さな声で言った。

「これ、発注先ごとの予定じゃなくて、イベント全体の予定として管理しないと駄目だね」

美咲はうなずいた。

「うん。会社別に分けた瞬間に、間が見えなくなる」

“誰の仕事でもない仕事”を決める

MICEコンシェルジュの担当者が、オンライン画面越しに提案した。

「映像・音響、照明、装飾については、弊社でも各社と再調整します。まずは搬入順と設営順を整理しましょう」

会場の搬入口を使える時間から逆算し、車両ごとに搬入時間をずらす。

最初にステージ造作、その後に映像・音響機材、最後に装飾を入れる。

ケータリングは来場者動線と重ならないサービス通路を使い、料理のセッティングは社長講演中ではなく、転換時間を利用する。

その場で、少しずつ予定が組み替えられていった。

さらに美咲は、これまで曖昧だった項目を読み上げた。

「電源容量の確認は、どなたが行いますか」

映像・音響会社と会場担当者が顔を見合わせた。

「VIP控室への案内は?」

運営スタッフ会社と総務部の担当範囲が重なっていた。

「オープニング映像の最終承認者は?」

広報部なのか、社長室なのか、経営企画部なのか。誰も明確に答えられなかった。

「当日、進行を変更する場合の決定者は?」

会議室が静かになった。

美咲はホワイトボードに、三つの項目を書いた。

「担当者」

「期限」

「完了条件」

仕事の名前だけでは足りない。

誰が担当し、いつまでに行い、何をもって完了とするのか。

そこまで決めなければ、タスクは動かない。

発注先を、MICE Joyに招待する

会議終了後、美咲と佐伯は会議室に残った。

テーブルの上には、書き込みだらけになった進行表と、各社から受け取った資料が積まれている。

「今日決まったこと、メールで全社に送る?」

佐伯が聞いた。

美咲は少し考えてから、首を横に振った。

「メールだけだと、また最新版が分からなくなる。各社をJoyに招待できないかな」

二人は、MICE Joyのメンバー招待画面を開いた。

会場、運営スタッフ、映像・音響、装飾、ケータリング。今回のイベントに関わる各社の担当者を、プロジェクトへ招待していく。

招待されたサプライヤーは、自社に関係するタスクを確認し、美咲たちとチャットで連絡を取り、必要な資料を共有できる。

「でも、映像会社にケータリングの見積書まで見えてしまわない?」

美咲が尋ねると、佐伯は権限設定の画面を示した。

「サプライヤーごとに閲覧できる範囲を設定できる。自分に関係のないタスクや資料は表示されないみたい」

映像・音響会社には、機材搬入、配線図、映像データ、リハーサルに関する項目だけを共有する。

ケータリング会社には、参加人数、料理内容、搬入時間、提供開始時刻に関する項目を共有する。

運営スタッフ会社には、受付方法、配置表、当日の集合時間、参加者動線を共有する。

各社が必要な情報にはアクセスできる。

しかし、関係のない業務や機密性の高い資料まで見えるわけではない。

「これなら、情報共有とセキュリティを両立できるね」

佐伯の言葉に、美咲はうなずいた。

これまでの美咲は、会社ごとにメールを送り、同じ資料を何度も添付していた。

資料を修正するたびに、誰に最新版を送ったのか分からなくなる。宛先を間違えれば、関係のない見積書や社内資料を送ってしまう危険もあった。

MICE Joy上で共有すれば、各社は自分に必要なタスクと資料だけを確認できる。変更があれば、関連するチャットでそのまま連絡できる。

美咲は、会議で決まった内容をタスクに変えていった。

「搬入車両一覧の確定」

「電源使用量・配線図の確認」

「ステージ施工順の確定」

「受付スタッフ集合時間の変更」

「オープニング映像の最終承認」

「ケータリング搬入動線の確認」

それぞれに担当する会社と期限を設定し、必要な資料をひもづける。

MICEコンシェルジュの担当者にも、映像・音響、照明、装飾、ケータリング各社との調整を依頼した。調整結果はJoyに集約し、関係する担当者へ共有する。

「今までの美咲なら、全部自分で電話して、手帳に書いていたかもね」

「書いてた。しかも、電話した順番に」

美咲は笑った。

発注先をプロジェクトへ招待し、必要な情報を、必要な人だけに届ける。

それは単なる情報共有ではなかった。

会社ごとに分かれていた仕事を、一つのプロジェクトにつなぐことだった。

同じゴールを見る

一週間後、二回目の全体会議が開かれた。

前回とは、空気が違っていた。

映像・音響会社が、装飾会社にステージ図面を確認する。

ケータリング会社が、運営スタッフ会社に参加者の入場動線を尋ねる。

司会者が、映像の再生タイミングを技術担当者とすり合わせる。

会社同士が、直接会話を始めていた。

美咲は会議の最後に、一枚のスライドを映した。

そこには、このイベントの目的が書かれていた。

「青嶺テクノの30年を支えた人々へ感謝を伝え、次の10年に向けて、社員と関係者の気持ちをひとつにする」

「皆さんにお願いしたいのは、自社の担当業務を終えることだけではありません」

美咲は、全員の顔を見た。

「参加者に、この時間を過ごしてよかったと思ってもらうことです。そのために、会社の境界を越えて協力していただきたいと思っています」

一瞬の沈黙のあと、映像・音響会社の担当者がうなずいた。

「分かりました。装飾会社さんと直接、設営順を詰めます」

「料理の提供タイミングも、進行を見ながら再調整します」

「受付から会場内まで、スタッフの配置を一度通しで確認しましょう」

言葉が次々と返ってきた。

初回の会議では、「聞いていない」と言っていた人たちが、今は互いの仕事を見ながら話している。

発注先が、少しずつチームに変わっていく。

美咲は、その様子を見ながら思った。

イベントは、一社ではつくれない。

だから難しい。

けれど、違う専門性を持つ人たちが、同じ目的に向かって動き始めたとき、一社だけではつくれないものが生まれる。

会議終了後、MICE Joyの画面には、新しい全体スケジュールが表示されていた。

赤く表示されていた未確定項目は、大きく減っている。

それでも、まだ安心はできない。

資料の上でつながった予定が、実際の会場でも予定どおり動くとは限らないからだ。

イベントまで、あと一か月。

次に待っているのは、初めての全体リハーサルだった。

そして美咲は、そこで初めて気づくことになる。

計画どおりに動かしてみるからこそ、計画の穴が見えるのだと。


今回の学び

発注先がそろっただけでは、イベントの運営チームは完成しません。

会場、運営スタッフ、司会者、映像・音響、照明、装飾、ケータリングなど、各社は異なる前提とスケジュールで動いています。主催者には、それぞれの業務を時間軸でつなぎ、担当者・期限・完了条件・依存関係を明確にする役割があります。

特に確認したいのは、次の項目です。

  • 搬入・設営・撤収の時間と順序
  • 車両や搬入口の利用ルール
  • 電源容量、配線、機材配置
  • 来場者・スタッフ・ケータリングの動線
  • リハーサル時間と参加者
  • 映像や進行台本などの最終入稿期限
  • 変更時の承認者と連絡方法
  • 当日の責任者と緊急連絡網

MICEマッチで会場・運営スタッフ・司会者などを手配し、MICEコンシェルジュで映像・音響・照明・装飾・ケータリングなどをまとめて相談する。そして、決定した内容やタスクをMICE Joyで一元管理する。

手配、調整、プロジェクト管理をつなぐことで、複数の発注先は初めて、同じゴールを目指すチームになっていきます。

次回予告

Vol.11 リハーサルで、計画の穴が見えた

資料上では、すべてつながった。

しかし、実際の会場で進行を動かしてみると、映像の切り替え、登壇者の動線、司会者への合図など、想定していなかった問題が次々と見つかる。

リハーサルは、本番をなぞるための時間ではない。

失敗できる最後の機会だった。